朝の新宿駅で「ぶつかりおじさん」に突き飛ばされる【骨折日記DAY0-1】
まず前提の共有を
新宿駅は、ギネスブックに認定された昇降客数世界一の混雑駅だ。
中でも、朝の西口は、JRの他に、地下鉄丸ノ内線と大江戸線、私鉄は小田急と京王との乗り換えスポットであると同時に、都庁や高層ビルに向かいたい人たちも行き交う上に、なぜか多くの外国人旅行者たちが集合場所に選んであちこちに人の輪中を作っているカオスなエリアとなっている。いくつもの川のように人が流れ、自分の方向と違う川を横切るときには、タイミングによりかなり待たされることもある。
そんな西口で、現在、大規模な工事が行われている。
有効床面積は激狭。しかも、あちこちが工事中の布を被せられて、見通しが悪い。
そんな新宿に、時々話題にもなっている「ぶつかりおじさん」「蹴飛ばし男」は、実在する。
↑この動画は有名だけど、こんな、後ろから動画を撮っていられるほどの軽い(やられると不快だし痛いから「軽い」というのは語弊があるけど)「ぶつかり」だけじゃない。
数年前には、知らない男性から行き交いざまに強く蹴られて、しばらく脚を引きずるほどの怪我をしたこともある。
こういう輩が悪質なのは、正面から正々堂々(?)向かってくるのではなく、横からいきなり足や肘だけ突き出したり、急にスライドしてきて攻撃し、こちらが痛さとショックで呆然としているうちに、すごい勢いで立ち去っていくことだ。
私は身長が156センチだけど、人からはよく、もっと小さく見えると言われる。10代、20代の頃はしばしば痴漢にも遭遇した。なんか小さくて弱くておとなしそうに見えるのかもしれない。
・・といった前置きをぐだぐだ書いたのは、この前提を共有していない人には、状況がよくわからないらしいからだ。
なんで知らない他人にぶつかられるのか。
普通に避けられたんじゃないのか。
どうしてぶつかってきた相手をすぐ追いかけなかったのか。
周囲の人たちは、何をしてたのか。
色んな人からすごく何度も聞かれたけど、言えるのは、そんなことはどれも無理だということだ。
濁流のような人波の一部となり、心の内に閉じてこれから一日のあれこれに思いを巡らせながら通勤していく善意の人たちは、自分に向けられてもいない悪意の存在になど、通常は気づきようもない。女性専用車両が必要なほど痴漢被害は多いのに、「痴漢なんて見たことがない」という男性が大多数なのと同じ理屈だ。
また、現行犯で押さえでもしない限り、刃物や鈍器などでもない己の体そのものを凶器として使った人間を雑踏から見分けるのは不可能に近い。(これも、痴漢と似てる。)
そもそも、相手を定めてわざとぶつかってくるような輩が、ぶつかった後に立ち止まって誰かが捕まえにくるのを待ってるなんてわけもない。瞬間的な犯行で証拠もないから、その場にさえいなければ、知らぬ存ぜぬで逃げられると思っているのだろう。
それなので。
ぶつかられて大怪我した私や、その時助けてくれた周囲のたくさんの人たちが、何か国民として果たすべき義務を怠ったのではないかという疑問や非難の気持ちが湧いてきた人がいたら、ちょっと横に置いてほしいなと思う。
あなたも、予見しない攻撃をいきなり受けて動けないほどの痛みに悶絶している最中に相手を追いかけるなんて、きっとできないはずだから。
「ぶつかりおじさん」にぶつかられる
その日は、珍しくスカートを履いていた。
持っている中でいちばん厚手の黒タイツが履きたかったからだ。パンツだとどうしても布が重なるところがモゾモゾして気になるので、このタイツを使うときはスカート一択になる。
そして、リュックがものすごく重かった。
たまたま仕事に必要な荷物が多い日で、大きなリュックをパンパンにして、
かなり必死で歩いていた。
頭の中は、今日の会議でする予定の発言をどう組み立てるか、これからでも資料を足した方がいいのか。ああして、こうして・・段取りをパズルみたいに組み替えながら、夢中で考えていた。
そのとき。
いきなり誰かに強い力でドンっ!と押されたと思ったら、もう床に転がっていて、工事中の金属パイプを見上げていた。
「大丈夫ですか?」
金属パイプの前に色んな人の顔が現れて、声をかけてくれる。
やだ、カッコ悪い。
平気ですって言って、早く立たなきゃ。
そう思ったけど、声も出ないし、体が全然動かない。
体があるはずの場所に、ただ痛みだけがある。
「起きれますか?」
無理そうと見た何人かの人が手を貸してくれ、背中を抱えてくれ、やっと座ることができた。
ありがとうございます…
掠れた声を絞り出すようにしてお礼を言って、一人一人のお顔に目礼する。
「駅員さん呼んできますね!」
女性の方が一人走り出すと、別の女性の方が、
「じゃ、私がついています」
それを合図に人垣が崩れ、優しそうなメガネの女性が一人、横に残ってくれた。
「ひどいですよね」
「相手の顔、見ましたか?」
憤慨してくれる様子に慰められる。
囲んでいた人たちがいなくなって周りが見えると、歩いていたはずのところから1メートル近くも飛ばされたことがわかって軽くゾッとした。
これは確かに、駆け寄りたくもなるかも。
「大丈夫ですか?」
「駅員さん呼びますか?」
通りすがりの人たちが次々と声をかけてくれるのに、
「ついてますから」
「今呼んでますので」
メガネの女性が答えてくれる。
頼もしい。ありがたい。
やっと駅員さんを連れて、先ほどの女性が戻ってきた。
混み合った駅で色んな対応に追われている駅員さんを連れてくるの、大変だったんだろうな。
「立てますか?」
無理そう…と答えると、慣れた感じで抱き起こしてくれ、やっと立ち上がることができた。
助けてくれた女性の方たちにお礼を言い、駅員さんに抱えられて救護室へ向かう。
「救急車呼びます?」
いや、まずは少し休みたいです。
打っただけなら、それで平気になるかもしれないし…
薄暗くしてもらった救護室でベッドに腰掛けると、気持ちが落ち着いてきて、自分の様子が次第に感じ取れてきた。
まず強烈に理解したのは、これはただの打撲ではない。という感覚。
打ったところが痛い時の、ズンズンと響くような感じがない。
痛いあたりをそっと撫でてみると、なんだか変にスカスカした感じ。
激痛なのに、抜けちゃうような。
その抜けたところに、痛みが無限に湧き出すような。
あれ?
右と左で、肩の形が違う。
左は普通に丸いのに、右は、カクンと凹んでいるところがある。
そして、右腕が全く動かない。
もしかして…脱臼?
いずれにせよ、多分これは、病院に行かないと解決しなさそう。
駅員さんに病院に行くことを伝えると、一番近い病院を教えてくれ、改札を出るところまで荷物を持って送ってくれた。
近くてもタクシー使ったほうがいいですよ、というアドバイスに従ってタクシーに乗り込む。
運転手さんは、何か察したらしく、できるだけ安全運転で揺れないように気をつけますねと言ってくれ、実際にそうしてくれた。
着いたのは、JR東京総合病院。
駅のこんな近くに、こんな立派な病院があるなんて、知らなかった。
エントランスの自動ドアから入ると、守衛さんみたいな方に
「マスクをしてください」と注意された。
ちょうど母が入院中で、面会に必要だから、マスクはいつも持っている。
ただ、この状態で、リュックからマスクを取り出して着けるのが、微妙におおごと。
さっきタクシーの中にいるうちに、どうして思いつかなかったんだろう。あーあ、ぬかったな…
(続く)
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