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論語と算盤⑩成敗と運命: 7.成敗は身に残る糟粕(そうはく、酒のしぼりかす)

世の中には悪運が強くて、成功したかのごとくに見える人が、ないでもない。しかし人を見るに、単に成功とかまたは失敗とかを標準とするのが、根本的誤りではあるまいか。人は人たるのつとめを標準として、一身の行路を定めねばならぬので、いわゆる失敗とか成功とかいうものは問題外で、仮に悪運に乗じて成功したものがあろうか。善人が運拙くして失敗した者があろうが、それを見て失望したり悲観したりするには及ばないではないか。成功や失敗のごときは、ただ丹精した人の身に残る糟粕のようなものである。
現代の人の多くは、ただ成功とか失敗とかいうことのみを眼中に置いて、それよりもモット大切な天地間の道理を見ていない。彼らは実質を生命とすることができないで、糟粕に等しい金銭財宝を主としているのである。人はただ人たるのつとめを完うすることを心掛け、自己の責務を果し行ないて、もって安んずることに心掛けねばならぬ。
広い世界には、成功すべくして失敗した例はいくらもある。智者は自ら運命を造ると聞いているが、運命のみが人生を支配するものではない。智恵がこれに伴って、初めて運命を開拓することができるのである。如何に善良の君子でも、肝腎な智力が乏しくて、イザという場合に機会を踏み外したら成功は覚束ない。家康と秀吉とはよくこの事実を証明している。仮に秀吉が八十歳の天寿を保ち、家康が六十で死去したらどうであったろうか。天下は徳川の手に帰せずして、かえって豊臣の万歳であったかもしれぬ。しかるに数奇なる運命は、徳川氏を助けて豊臣氏に禍した。単に秀吉の死期が早かったのみならず。徳川氏には名将智臣が雲のごとく集まったが、豊臣氏には淀君という嬖妾が権威を擅にして、六尺の孤を託すべき誠忠無二の且元は擯けられ、かえって大野父子が寵用されるという有様、しかのみならず、石田三成の関東征伐の一挙は、豊臣氏の自滅を急がしむるの好機会を造った。そも豊臣氏愚なるか、徳川氏賢なるか、余は徳川氏をして三百年の泰平の覇業を成さしめたものは、むしろ運命のしからしむる所であったと判断する。しかしながら、この運命を捉えることがむずかしい。常人は往々にして際会せる運命に乗ずるだけの智力を欠いているが、家康のごときはその智力において、当来せる運命を捕捉したのである。
とにかく人は誠実に努力黽勉して、自ら運命を開拓するが宜い。もしそれで失敗したら、自己の智力が及ばぬためと諦め、また成功したら智恵が活用されたとして、成敗に関わらず天命に託するがよい。かくて敗れても飽くまで勉強するならば、いつかは再び好運に際会する時が来る。人生の行路は様々で、時に善人が悪人に敗けたごとく見えることもあるが、長い間の善悪の差別は確然とつくものである。ゆえに成敗に関する是非善悪を論ずるよりも、まず誠実に努力すれば、公平無私なる天は、必ずその人に福し、運命を開拓するように仕向けてくれるのである。
道理は天における日月のごとく、終始昭々乎として毫も昧まさざるものであるから、道理に伴って事をなす者は必ず栄え、道理に悖って事を計る者は必ず亡ぶることと思う。一時の成敗は長い人生、価値の多い生涯における泡沫のごときものである。しかるにこの泡沫のごときものに憧憬れて、目前の成敗のみを論ずる者が多いようでは、国家の発達進歩も思いやられる。宜しくその様な浮薄な考えは一掃し去りて、社会に処して実質のある生活をするが宜い。いやしくも事の成敗以外に超然として立ち、道理に則って一身を終始するならば、成功失敗のごときは愚か、それ以上に価値ある生涯を送ることができるのである。況んや成功は人たるのつとめを完うしたるより生ずる糟粕たるにおいては、なおさら意に介するに足らぬではないか。

本節では、単なる成功や失敗を人生の基準とすることの虚しさについて議論しています。渋沢先生は、悪運によって成功する人もいれば、善人が運に恵まれず失敗することもあるが、これらは人生の本質的な部分ではないと指摘します。真に大切なのは、個人が自らの責務を果たし、誠実に努力することであり、一時的な成功・失敗は長い人生における小さな一部に過ぎないと説明しています。また、運命だけが人生を支配するわけではなく、智恵と共に運命を開拓することが重要であると強調しています。成功や失敗にとらわれず、誠実に努力し、道理に従って行動する者は、最終的には天に導かれ、より価値ある生涯を送ることができると先生は結論づけています。

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