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論語と算盤⑩成敗と運命: 6.細心にして大胆なれ

社会の進歩ととともに、秩序が整ってくるのは当然のことであるが、それとともに新規の活動を始めるに多少不便ともなり、自然保守に傾くようなことにもなる。もとより軽佻浮薄な行動は、いずれの場合においても慎むべきであるが、あまりに大事を考えて因循姑息となり、いわゆる固くもなり、惰弱に流るるごときことともなる結果、進歩発展を阻害する傾向を生じては個人の上においても、また国家の前途に関しても、甚だ憂うべきことといわねばならぬ。
世界の大勢は、日に月に動いて競争は激甚となり、文物は日進月歩の有様であるが、わが国は不幸にして、久しい間鎖国の状態にあったので、世界の趨勢に後れた。開国以来、たとい列国を驚異せしむるほどの、急速の進歩をなしたとは言え、万般の事物が彼に後れていることは争われぬ。すなわち後進国の状態を免れないのである。ゆえに、かの先進国と競争し角逐し、さらにこれを凌駕して行こうとするには、彼に倍する努力をもって進まねばならぬ。多少にても個人の向上を助け、国運を進転せしむる事には、全力を傾倒して勇猛心を必要とするのである。されば従来の事業を後世大事に保守し、あるいは過失失敗を虞れて逡巡するごとき弱い気力では、到底国連の退嬰を来さずにはおらぬのである。ぜひとも深くこの点を考えて、大いに計画もし発達もして、真実の価値ある一等国とならねばならぬ。撥溂たる進取の気力を養うことはもちろん、且つ発揮する必要を痛切に感ずることは、現時においてことさらである。
撥溂たる進取の気力を養い、且つ発揮するには、真に独立独歩の人とならねばならぬ。人に依頼するに過ぐる時は、甚だしく自分の実力を退嬰せしめ、最も大切な自信というものが容易に生ぜず、遂には因循卑屈の性をなしてしまうものなれば、深く自己を鞭撻して、弱い気の生ずるを防がねばならぬ。また、あまりに堅苦しく物事に拘泥し、細事に没頭する時は、自然に撥溂たる気力を銷磨し、進取の勇気を挫くことになるのであるから、この点も深く注意せねばならぬ。元より細心周到なる努力は必要であるが、一方大胆なる気力を発揮して、細心大胆両者相俟ち、撥溂たる活動をなし、初めて大事業を完成し得るものであるから、近来の傾向については、大いに警戒せねばならぬ、。近頃青年の間に新しい活気が勃興し、大いにその本領を発揮せんとする傾向を生じたのは、すなわち慶賀すべきことになるが、壮年社会に不活発の傾向が、依然として瀰曼するようでは、憂うべきことと言わねばならぬ。独立不羈の精神を発揮するには、今日のごとく政府万能の状態で、民間の事業が政府の保護に恋々たる状の見えるごとき風を一掃し、鋭意民力を伸張して、政府を煩わさないで事業を発展せしむる覚悟が必要である。また細事に拘泥し部局の事にのみ没頭する結果、法律規則の類を増発し、汲々としてその規定に触れまいとし、あるいはその規定内のことに満足し、齷齪しているようでは、とても進新の事業を経営し、撥溂たる生気を生じ、世界の大勢に駕することは覚束ない。

本節で渋沢先生は社会進歩の必要性とその障害について議論しています。先生は、進歩と秩序の両立の難しさを指摘し、保守的な傾向が自然に生じるが、これが進歩を阻害する可能性があると警告しています。また、過去の鎖国政策が国際競争での遅れを招いたとして、急速な進歩と個人・国家の向上のために倍の努力が必要であると強調しています。また、先生は、自己依存と進取の精神の必要性を説き、政府依存を減らし民間の自立を促すべきだと主張しています。最後に、法規制の増加がイノベーションを妨げることへの警鐘を鳴らし、進新的な取り組みと大胆な行動を促しています。

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