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論語と算盤④仁義と富貴: 2.効力の有無はその人にあり

金は尊いものであるとか、または貴ばねばならぬものであるとかいうことに関しては、古来、随分多くの格言もあり、俚諺(りげん、ことわざのこと)もある。ある人の詩に、「世人交わりを結ぶに黄金をもってす。黄金多からざれば交わり深からず」とある一句などは、黄金は友情という形而上(けいじじょう)の精神までも支配するの力あるものとも取れる。精神を尊んで物質をいやしめる東洋古来の風習では、黄金によって友情をまで左右されるのは、人情の堕落、思いやられて甚だ寒心の至りであるが、しかしこういうことが、われわれの日常よく出会う問題である。例えば、親睦会などいうと必ず相集まって飲食する。これは飲食も友愛の情を幇助(ほうじょ)するからである。また久し振りに来訪してくれる友人に、酒食を供することもできないようでは、締交(ていこう)の端緒(たんしょ)も開きがたい。しかして、これらのことには皆黄金が関係する。
俚諺に、「銭ほど阿弥陀は光る」と言って、十銭投げれば十銭だけ光る。二十銭投げれば二十銭だけ光ると計算している。また「地獄の沙汰も金次第」というに至りては、すこぶる評し得て皮肉の感がないでもないが、またもって金の効能の如何に大きいものであるかを、表したものと見ることができる。一例を挙げると、東京停車場へ往って汽車の切符を買うとすると、如何なる富豪でも、赤切符を買えば三等にしか乗れない。また如何に貧乏でも、一等切符を買えば一等に乗れる。これは、全く金の効能である。とにかく、金にはある偉大なる力あることを拒む訳にはならぬ。如何に多く財を費やしても、唐辛子を甘くすることはできないけれども、無限の砂糖をもってその辛味を消すことはできる。また平生(へいぜい)、苦り切ってやかましく言っている人でも、金のためにはすぐ甘くなるのは世間普通のことで、政治界などによく見る例である。
かく論じ来れば、金は実に威力あるものなれども、しかしながら、金はもとより無心である。善用さるると悪用されるとは、その使用者の心にあるから、金は持つべきものであるか、持つべからざるものであるかは、卒爾(そつじ、かるはずみ)に断定することはできない。金はそれ自身に善悪を判別するの力はない。善人がこれを持てば、善くなる。悪人がこれを持てば、悪くなる。つまり、所有者の人格如何によって、善ともなり悪ともなる。このことに関しては、余は常々人に語っているが、 昭憲皇太后(明治天皇の皇后
)の「もつ人の心によりて宝とも仇ともなるは黄金なりけり」との御歌は、実に感佩(かんぱい)敬服に堪えぬのである。
しかるに世間の人々は、とかくこの金を悪用したがるものである。されば古人もこれを戒めて、「小人罪なし、宝を抱くこれ罪」とか、「君子財多ければその徳を損し、小人財多ければその過ちを増す」などと言ってある。論語を読んでみても、「富み且つ貴きは、我において浮雲のごとし」といい、または「富にして求むべくんば執鞭(しつべん)の士といえども、吾(わ)れまたこれをなさん」と言い、大学には「徳は本なり、財は末なり」といってある。今かかる訓言を一々ここに引用したならば、ほとんど枚挙に遑(いとま)なしであろうが、これは決して、金を軽視しても宜いという意味ではない。いやしくも世の中に立って完全の人たらんとするには、まず金に対する覚悟がなくてはならぬ。しかしてかかる訓言に徴しても、社会における金の効力は如何に視察すべきものであるか、すこぶる考慮を要するのである。蓋(けだ)し、あまりこれを重んじ過ぎるのも誤りなら、また、これを軽んじ過ぎるのも宜しくない。すなわち「国、道ありて貧(ひん)かついやしきは恥なり、国、道なくして富かつ貴きは恥なり」と言って、孔子も決して貧乏を奨励はなさらなかった。ただ「その道をもってせざれば、これを得るとも処らざるなり」である。

東洋には物質は卑しいもので精神の持ちようが尊いものであるといった考えがあるが、会社や地域の親睦会などで仲間との関係を深める場合にでさえ、金が助けになるわけで尊いものである。もっとも金そのものに心や精神があるわけではないので、それがうまく使われるか下手に使用されるかは使用者次第なわけです。

お金というのは人間社会が生み出したコミュニケーションツールなわけなので、その使われ方や配分方法は、社会や共同体、さらにはヒト個人にとってどういう状態が正しく科学的に幸福であるかを考えて答えを出すべきだと思います。

最近読み返した養老孟司先生の「バカの壁」の最終章「一元論を超えて」には、本来実体経済として生み出され利用される価値が金であったものが、金=価値といった原理主義的な価値観が蔓延して偽物の経済に洗脳されている様が説明されています。本来日本は八百万の神の国なのだから、原理主義的に金にこだわるのでなく、人としての多元的な幸せの形をもっと大切にしていく文化を取り戻すことに努力しなければと思いますね。


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