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【ちょい怖】雨漏りの話

築30年のボロい1Kのアパートに住んでいるのだが、当然そこまでボロいといろいろとガタが来る。

玄関の壁紙にヒビが入ったりとか、床が沈んでる感じかするとか、扉が閉まりにくいとか。

貧乏学生が田舎から東京に出てきて住めるのはこんなところしかない。これでもいくつか内見した物件の中では、飛び抜けてよかった。

1階だか角部屋で、キッチンもある。自炊して節約するにももってこいだ。即入居を決めた。

ボロいながらも住み良い我が家なのだが、流石に台風の日にはそうも言ってられない。ガタガタと家が揺れるほどの強い風が吹いて、家が鳴る。

その日もすごい台風の日だったので、よく覚えている。ちょうど怖い話の特番があったので、お菓子とジュースも買い込んで、家にこもってテレビを見ていた。

僕は怖い話には目がなくて、番組改編期の特番は欠かさず見ていた。

その日の話は秀逸なものが多く食い入るように見ていたのだが、ふと気づくと、すりガラスの向こう側のキッチンから何か音が聞こえる。

トン、トン、トン。

怖いテレビを見ていたので、背筋にゾワっときた。

怖い話が大好きで、たくさんのホラーを読んだり見たりしてきたので、ほとんど動じなくなっていたのだが、その日は様子が違った。

なんというか存在感がすごいのだ。

東京に出てきて初めてゴキブリに遭遇したときに似ている。深夜部屋で本を読んでいると何か気配を感じて、ふと壁を見るとカブトムシくらいあるゴキブリがいたのだ。

これがゴキブリかと仰天したときの存在感と似ているのだ。

何かがいる。

すりガラスをそぉっと開けて、中を覗く。

トン、トン、トン。

誰もいないが音だけが聞こえる。

電気をつけても誰もいない。

その時、視界の端に動くものが見えた。

流しの上に目をやると、雫がポトリと落ちた。

雨漏りをしていたのである。

首都圏の鉄道が運行を取りやめるほどの大荒れだったので、こんなボロ屋だと耐えられなかったのだろう。

しかし、フィクションでよく雨漏りの描写をみるが本当に自分が経験するとは思ってもみなかった。

幸い台所なので、電化製品もなく被害はなかった。

流しに入れっぱなしだったお椀に当たったのでくぐもった変な音がしていたらしい。

そういえば漏水は、漏水した部屋の住人の保険じゃないと損害が賠償されないというような話を聞いたことがある。

とりあえず上の階の人に知らせなくてはならない。

上の階の住人は確かお婆さんがひとり暮らしをしていたはずだ。越してきたときにお菓子を持って挨拶に行ったとき以来会っていない。

ボロくて急な階段を登る。お婆さんにはキツイだろうなと思った。

2階の角部屋の前に立った。呼び鈴を押すが返事がない。ドアをノックするがやはり返事がない。

仕方ないので、賃貸契約書を引っ張り出して、管理会社に問い合わせをした。

15分くらい待たされてやっと繋がると、台風のせいで問い合わせがすごいらしい。

対応するとしても台風が過ぎ去らないと、身動きがとれないという。

どうせ台所に雨漏りは落ちているので、被害はないしさらにひどくなる気配もなかった。

上のお婆さんはきっとどこか身内のところに避難して留守なのだろう。1階まで雨漏りするとなると、2階は結構な雨漏りをしているのではないかと、心配になった。

翌日、台風一過の晴天で、雨漏りも止まって天上の板が少し湿っぽいくらいで止まっていた。

これなら急がないでも大丈夫だろう。

それから1週間ほどして、部屋の呼び鈴がなるので、出てみるとクリップボードを片手に持った女性が立っていた。

「すいません。管理会社のものなんですが、雨漏りの状況を確認させてもらって良いですか?」

どうぞ、と中に入ってもらうと、台所を確認して

「ほかに雨漏りしてるところはないですか」と聞かれたが、水が垂れるほどなら気づかないわけがないので、多分他にはないだろう。


ひと通り見て話を聞き終わると、雨漏りの状況がわかったら業者を呼ぶとのことだ。

「今回シミになった天井の板変えます?これは上の雨漏りということで、退去のときの原状回復に影響しないよう記録は残してありますが……」

確かにもともと白い天井が、その部分だけ少し暗い白になっていた。しかし、工事に人が入るのがめんどくさいので断わると

「水没の被害がなくてよかったです」と、管理会社の人は帰っていった。

それからさらに数日後に、管理会社から電話がかかってきた。

「上の階、空室だったんで、中開けたら部屋の真ん中水溜りができてて、すぐ施工会社呼びますので、すみません」

と、管理会社の人は都合の良い日程など、打ち合わせた。

上の階が空室になっていることを初めて知った。

お婆さんは流石にあの急な階段は大変だったのだろう子供のところにでも身を寄せたい違いない。

ふと空室なら上の階の家賃はいくらだろうかと調べたくなった。

調べてみると、なんと僕の部屋より1万円も安い。

2階の角部屋と、僕の部屋より条件が良いのに安いとはなんとも釈然としない気持ちになったが、まぁ、雨漏りするってことはそうなのかなと思った。

数日後に業者が工事の挨拶にきたのだが、上の部屋の工事になるので、僕の部屋には工事入ることはないということだった。

工事はその日のうちに終わった。

それから数日後、台所ではなく居間の天井にもシミができているのに気づいた。

時間が経つにつれて天井の白い板が少し暗いくらいのシミだったのに、茶色味が強くなってきた。

台所のシミは暗い白のままだ。気のせいかなと思ったのだが、居間の方のシミは日に日に色が濃くなり、ついにはワイシャツにコーヒーをこぼしたような茶色いシミになってしまった。

ちょっと想像してた以上に、色が変わってきたので、天井をやっぱり張り直したくなってきた。

管理会社に電話すると若い男が出た。この前来た女性ではなかった。

天井の板について少し話していると、ふと家賃のことを思い出した。上の階が4万円なら、僕の部屋も5万から安くなるのではないかと、話してみた

「上の階は4万円ですよね。うちも、もう少し安くなりませんか?」と言い終わるや否やその管理会社の若い男性は

「値段を高く設定しなかっただけも感謝して欲しいですねえ」と言うので、その上からの態度に僕は頭にきてしまった。

「そんなのこと言うなら、この部屋だって雨漏りしてるじゃないですか」と、つい語気が強くなる。

そうすると管理会社の若い男は、

「その部屋に住んでたお婆さんは、孤独死して発見された時はドロドロに溶けてたんですよ!だから安いんです!」

と、怒りに任せて口走った。

僕は居間の天井のシミを見た。

「なぜ居間の方のシミだけ茶色になるんだ」













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