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アメリカ百景

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アメリカ回想録。時系列はバラバラ。
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ひまわり傘

雨が多い街に住んでいた。それも、冬に雨が多い街だ。 私は雨が好きだが、冬の雨というのは本当に暗くて冷たい。 「あ〜お〜いそ〜らが〜見えぬなら青い傘ひろ〜げて〜」ではないが、そんな気候に気が塞ぎつつあったからか、私は開くと大きなひまわりが出現する折りたたみ傘を買った。 青い空の柄の傘もあったが、それはなんだか恥ずかしかった。ひまわり柄も同じくらい恥ずかしいだろ、と今では思うのだけれど。冷たい雨が降って体の芯からジワジワと冷えていく冬に、まともに物を考えられる人間なんていな

ぽこぽこ雲

自分でも、よくやったなと思う。 私は人生初の一人暮らしを、とあるアメリカ西海岸沿いの州の、小さな街ではじめた。 しかもアパートは内見もせず、日本にいる間に決めてしまった。 本当に幸運なことに大家さんはとっても良い人で、家賃は7万円以下なのに家具付きで、リビングは10畳くらいあるし、寝室は6畳くらいあって、キッチンも素敵だった。 マットレスは寝返りをうっただけでかなり大きな音できしんだし、隣人はただで私のWifiを使わせろと乗り込んできたけれど、私のアメリカ生活史上最高

赤いワンピース

あれは、俗に言う一目惚れのようなものだったんだと思う。 その日私は女装パーティーなるものに参加していた。 そもそも知らない人と話すのが全く好きではないし、計3人以上での会話というのはストレスでしかないと当時の私は気がつきはじめていたので、友人が入れてくれた紅茶とビスケットを食べながらそのパーティーに誘われた時は断った。 友人はその時「そう」と引き下がったが、私が紅茶とビスケットの礼を言って自分のアパートに帰ったあと、「やっぱりあのパーティー行かない?どうしても行きたいの

消えたマットレス

私はとにかくお酒が弱い。 その日クラブに行く前にどこかで呑んでいたのだけれど、それがどこだったのか、さっぱり覚えていない。 覚えていないのは、別に酔っていたからではない。私はお酒を呑みすぎて記憶がなくなったことはないし、だいたい記憶をなくすほど呑んでみたくても、記憶がなくなる前に嘔吐してしまい、それ以上は呑めないからだ。だから幸い、気がついたら新宿のアスファルトの上にゲロまみれで転がっていたという経験もない。 それでも当時、私は弱いながらも毎週のようにお酒を飲んでいた。

天まで届け、パンケーキ

ドドドドドドド田舎に住んでいた。 車のない生活など想定されていないので、歩道のある道路などない。この街の人たちは、産まれ落ちた瞬間から車を充てがわれているに違いない。 私はこの街に長く滞在する予定もなかったので、車も持っていなかった。それでも自分が思い立った時に足を伸ばせる行動範囲を広げたかった。しかし歩道のない車道を歩こうものならしきりにクラクションを鳴らされるし、心優しい人(と信じたい)が「乗っていく?」と車から声をかけてくれることもあった。もちろん乗らない。 そん

いちょう柄のスカーフ

秋だったと思う。 Anthropologie(私の好きなブランドだ)で、いちょう柄のスカーフが目に留まった。真っ先に彼の母親の顔が思い浮かぶ。秋生まれでスカーフが大好きな彼の母親に、ぴったりだと思った。 値段はスカーフにしては随分高い、と当時の私は思った。スカーフと言ってもマフラーみたいに防寒性のあるものではなくて、首が少しだけ寒い時に巻く、ツルツルで薄いものだったから。自分の母親世代の人にAnthropologieをチョイスするというのも、まあ若干年齢層が若すぎるかもし

二階のお化け屋敷

お化け屋敷。ギネス博物館。不思議な世界への旅を約束する乗り物。 私たちは、テキサス州で3番目くらい(勘)に大きい街にいた。 とはいえ、平日の昼間に観光客向けと思われる3つのアトラクションに目を向ける人はいない。よくある「3つのチケットセットで安くなるよ!」といった類のあれだ。 隣にいるのは、お化け屋敷嫌いの友人。私だって、怖いものは苦手だ。洋画はまだしも、邦画のホラー映画には挑戦できないまま大人になってしまった。特に「この物語を聞いた人にも同様に呪いがかかります」系の映画

アメリカ百景

随分とnoteを放置していたような気がする。 これまで読んだ本の感想をツラツラと書いてきたが、それもなんだか書く気が起きなくなってしまった。本は変わらず読んでいるし、飽きたというのともなんだか違う。ただただ書く気がなくなってしまったのだ。そのうちまた書きたいことが出てきたら、ひょっこり書き始めるだろう。 そんな中、私が「書き残しておきたい」と衝動を抱いたのは、アメリカでの生活のことだった。私のアメリカ生活の半分以上は独りでいろんなことを考える時間だったから(「海外で暮らす