現代フランスにおける暴力の諸相——ライシテの転機に

2021年6月26日(土)開催予定のシンポジウム「いま「暴力」を考える」の私の発表の予告編です。

http://ask.c.u-tokyo.ac.jp/sympo2021.html

 現代フランスにはさまざまな「暴力」が存在する。それらをすべてカバーして提示することは不可能だが、近年の報道で取りざたされるなどして目立ち、広く知られているものとして、特に次の3つを挙げることができるだろう。
 第1に、イスラームのジハード主義者によるテロリズムである。1989年のベルリンの壁崩壊の年に起きたスカーフ事件、また2001年の9・11以降、共和国フランスにいかにムスリムを統合するかという課題は常々意識されてきた。一方、テロリズムについては、1995年にパリ・サンミシェル駅で爆破事件が起きたが、2000年代のフランスは基本的にジハード主義の対象になることをまぬがれてきた。しかし、2012年にはトゥールーズのユダヤ系学校などを標的とした襲撃事件が発生し、2015年にはパリが1月と11月の2度にわたってジハード主義者による暴力に見舞われた。
 第2に、2018年11月にはじまった「黄色いベスト運動」である。マクロン政権による軽油・ガソリン税引き上げに対する抗議を端緒とするこの運動は、社会の中産階級の下から低所得層に位置し「目に見えないフランス」と呼ばれる人びとが、はっきり見える「黄色い安全ベスト」を着用して声を挙げたものである。この運動は「暴力」行為も含んでいるが、一部の「壊し屋」と呼ばれる者たちが運動の趣旨を歪める形で暴力に訴えていることが指摘され、また警官がデモ隊に対して振るう暴力も問題視されている。
 第3に、性暴力である。性暴力の問題は、西洋では1980年代半ば頃よりメディアの注目を集めてきたが、2017年の#MeToo運動以降改めて関心が向けられている。このような動きと並行して、聖職者の小児性愛の問題が浮上しており、長らく秘匿されてきた被害が明るみに出てきている。特に、1970年から20年にわたってリヨン郊外の教区で小児性愛の行為に及んできたベルナール・プレナ神父の過去が告発された。
 これら3つの暴力の諸相は、やや強引な図式化を行なうならば、テロリズムは政治と宗教や植民地主義の歴史の問題、「黄色いベスト運動」はとりわけ経済の問題、そして性暴力はジェンダーとセクシュアリティの問題に引きつけて整理することができよう。本報告の狙いは、あえて大それた野望を言えば、これらの社会の諸分野にわたる「暴力」をプリズムとして、「現代」「フランス」社会の特徴を浮かび上がらせることである。
 その企てに際して、「権力と暴力は、はっきり異なった現象ではあるが、たいてい一緒に現れる」というハンナ・アーレントの洞察が参考になる。人びとの耳目を集めている現代フランスの「暴力」は、現在のフランス社会の「権力」のあり方を示唆していると考えられる。本報告では、宗教と世俗の歴史の観点から、現代フランスの権力のあり方を分析するための文脈を作ってみたい。
 具体的には、ライシテの確立期に相当するフランス第三共和政前期、とりわけ1905年の政教分離法制定前後に見られる「暴力」に注目し、そこでの「権力」のあり方を歴史の補助線として引いてみる。当時、政治権力としての共和国と宗教権力としてのカトリック教会との対決や、経済社会問題に関する資本家と労働者の争いは、しばしば暴力事件に発展したし、聖職者による小児性愛にまつわる事件もスキャンダルとして発生していた。
 19世紀末から20世紀初頭における暴力と権力の関係をモデルとして取り出し、それをひとつの鏡のようなものとして、現代における暴力と権力の関係を照らし出してみたい。そのことによって、共和国フランスの「国体」とも言えるライシテが、現在どのような転機に差しかかっているのかを考察してみたい。


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