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ショートショート「幸運が降ってくる」

誕生日である2月6日を連ねた02060206の数字を毎週買うことにしてきた。
始めたのは大学生の頃だった。
大学で知り合った友人が自分の誕生日を選んだら、その週で唯一の当選者となり、2億円が当たったと言うのがきっかけだった。
本当かどうかは知らないが、彼女はその後すぐに大学をやめた。
それ以来わたしも必ず誕生日と同じ番号を選び、金曜日の2時6分に有楽町の決まった売り場で日の昇る東側のブースで、東側となる左手で支払いと、ゲンを担いだ。
毎週の結果発表がある日曜日の午後 
まだ当たらない まだ当たらないと思い続けて 40年以上が経った。
退職金もなく 貯えもない。

私はもう終わりにしようとビルの屋上に上がった。
柵を何とか乗り越えて、外側に立つ。
怖さはあるので後ろは見ない。
右のポケットから02060206の数字が印刷された紙を取り出す。
そして、右手で端末も取り出すと、
左手で柵に掴まって、最後の宝籤の番号を確認する。
これで当っていなければ、終わりにする。
端末に記された番号は
02060206
時間が止まった。
呼吸音も心臓の音も聞こえない。

暫くして、大きく息を吐いた。
当たっている。
「ハハ」
思わず笑いが零れた。
「ハッハッハ」
久しく出していない大きな声が身体から出ていくに任せる。
思わず顔がにんまりする。
首を大きく振って自問する。
こんなことがあっていいのか。
当たった
「当たったぞー」
両手を突き上げて空を見上げた。
その途端に雨雫が目に入った。
雨が祝福してくれているのだろうか。
しばらく空を見上げていたが、雨粒が増えて長くなってきた。
風邪を引いてはいけない そう思った。
戻ろう。
私はなんとか右足を上げて柵に乗せた。
「よっ」
弾みをつけて左足でコンクリートの床を蹴り、体を浮かせた瞬間
右足が柵の上で滑り 身体がのけぞり 
体重を支えきれない両手が柵から離れた。
右足は勝手に曲がり その膝が柵に強くぶつかる。
その勢いで身体はビルから離れていく。
屋上が遠ざかり 目に入りそうな雨がずうっと目の前で止まっている
背中と髪の毛が強風を感じる
いつの間にか手から離れた紙が舞っているのが見える

自動車がぶつかるような音が聞こえた。

大きな音が聞こえたので、様子を観ようと大通りに出ようとすると
潰れた自動車と周りに集まりつつある人間たちが見えた。
路地の暗がりに立っていると、左頬に冷たいものが張り付いた。
「ひぇ」
思わず声が漏れる。
「ひぃ」
頬から剥がしてみると宝籤の紙だった。
40年続けてきて もう当たらないからと
先週ようやく決心してやめたばかりだった。
それなのに。
わたしの誕生日の番号が印刷された紙が左手の中にある。
わたしは左手で端末を取り出して、確認をする。
今週の当選番号は
02060206
当たっている。
40年かけた甲斐はなかった。
買わなくなったら当たるとは 運命という言葉が思い浮かんだ。
そして 動悸が激しくなるのを感じた。
呼吸も荒くなってきたし 頭がふらふらしてきた。
端末さえも重いと感じて 手から零れ落ちるに任せる。
「ああ」
思わず雨で濡れた路面に座り込んでしまう。
暫くそうしていると身体の方は落ち着いてきた。
「ヘイシ」
寒い。
うちは源氏の家系なのに、くしゃみはヘイシだねと
いつも母に言われていたことをまた思い出す。
当選金額を確認しないと そう思い
端末を手探りすると尻の下にあった。
左手で持ち上げると画面が割れている。
一瞬しまったと思ったが、
今のわたしには端末など大した額ではない。
縁起が悪そうだと思ったので、事故のあった方を避けて、遠回りして先週まで通い詰めていた宝籤売り場に急ぐ。
信号が青になった。
渡り始めたところで鼻がムズムズしてきた
「ヘイシ」
気持ちいい そうやって足を止めたところに右から自転車が突っ込んできた。

体中が痛い。左頬にアスファルトを感じる。
10メートル先にある宝籤売り場に張り出された文言が目に入ってきた。

今週の当選番号
02060206
当選者
2060名
当選金額
2060円





解題
左利きで定年後のわたしと、右利きの私は異なる人物です。
ずうっと以前に書いたアイディアでは、
飛び降りた人の前に電光掲示板があって、
当選番号が発表されるというものでした。
当たったのがわかったのに、死ぬしかない。
けどこれでは単純すぎるので、ひねろうと思いました。
結果として、二人がこの当たり籤を手にして、
一人は死んでいます。
自動車の事故があったので、
地面にぶつかった音は聞こえなかったのでしょう。
もう一人も事故に遭っています。
むしろ当たらない方がいいような 悪運を招く籤のようです。
二人の誕生日は同じなのか わかりません。

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