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6月25日の衝撃

眠い目をこすりながら朝の通勤電車に乗り、いつもどおりに出社をする。
昨晩のワールドカップ セネガル戦での引き分けをしっかり見届けたため、就寝時間は午前2時を回っていた。

いつもどおり仕事をこなした後、定時で仕事を切り上げて名城線をぐるっと半周し、ナゴヤドームへと足を運んだ。月曜日ということもあり中日ドラゴンズの試合がなかったが、そこでは確かにプロ野球の公式戦が開催されていた。

遡ること約30時間前、私はリビングで横になりながらテレビの野球中継を見ていた。試合前だったか途中だったかは覚えていないが、試合開始前のスピードガンコンテストの様子がテレビで流れていた。
「女子プロ野球かぁ」
翌日に試合があること、当日券に割引が効くことを知り、観戦を決めた。

とはいえ、知っている女子プロ野球選手の知識は片手で数えても余る程度だった。レジェンド・小西美加、川端慎吾の妹・川端友紀、メディアの出演が多い加藤優の3人ほどで、彼女たちのプレースタイルなどはさっぱり知らなかった。
そういうこともあり、球場に入るなり真っ先に選手名鑑を購入し、出場選手とプロフィールを照らし合わせながら野球観戦を始めた。

試合は2回裏くらいまで進んでいただろうか、1-1の同点だった。
ディオーネ・里、フローラ・古谷両投手の投げるまっすぐは110キロ台。当時所属していた草野球チームのエースと変わらない球速ではあるのだが、球の勢いや制球、それに切れ味鋭い変化球が加わり、おじさん連中の趣味程度でやっている野球との質の違いを大きく実感した。

試合は1-1で膠着したままだったが6回、フローラ・みなみの安打を足がかりに、中村の通算300安打でチャンスを広げると4番・岩谷がタイムリー、村松の犠牲フライで2点を勝ち越した。
その裏、変わったばかりの三輪からディオーネがチャンスを作り、1死満塁。ここでフローラは植村をマウンドに送り出した。この場面での植村の登板という意味の大きさは、その当時知る由もないのだが…。

右の軟投派から左の本格派へのスイッチということもあり、勢いで抑え込もうとするようなこの展開、三振でも奪おうものなら満塁のチャンスもあっという間に潰えそうな、試合の大きな山場を迎えていた。

投球練習を終え、プレイがかかる。
植村の足が上がり、モーションに入ったとき、前の座席の男の子が振り向くほどのボリュームで「うおおっ」と大きな声を上げてしまった。
ランナーの中田が走り出すと打者の只埜のバットは体の前で横を向き、投手と三塁線の中間に転がった。これほどまでにきれいなスクイズが決まったのを生で見たのは初めて、いや、もう一生見ることができないだろう。それほどまでに只埜のスクイズは完璧だった。

スクイズ(squeeze)とはー 英語で「搾り取る」という語源からしても、リードを奪う同点の場面や、決めの得点を奪いにいくときに使う戦法として生み出された戦法だ。
2点ビハインド・1死満塁からの初球スクイズというのは正直セオリーとしてはあまり考えられない。だからこそフローラもノーマークであり、結果として只埜も一塁に残ることになった訳だが、左投手に変わったその初球という意味ではスクイズが成功する条件は揃っていたのだろう。
確かに、相手チームや観客に気づかれるようなスクイズでは成功率も高くないだろうから、誰もが驚く采配ではあるがそれこそが正しい場面でのスクイズだ。

続く御山の打席でもスクイズを敢行(結果はファール)したときは、「すごい」と呟くのが精一杯だったが、こうなればもう流れはディオーネだ。
御山が打ち上げた打球は左中間を破り、満塁のランナーが一気に生還・・・できなかった。センターの三浦伊織がぎりぎりのところで追いつき、犠牲フライで同点にするのがやっとだった。6回裏の2人の打席だけで、どれほどまでに興奮しただろうか。

試合はこのまま3-3で引き分けに終わるのだが、9回150球を超えた里の熱投、植村の後を継いで1本のヒットも許さなかった小西のピッチング、抜ければよもや勝ち越しというあたりを飛びついて、咄嗟の判断で走者をアウトにした厚ヶ瀬の守備ー 「これが女子プロ野球だ」といわんばかりの好プレーの連続に、引き分けも満足して球場を後にした。

初めての女子プロ野球観戦は、新たな野球観を教えてくれた。自分自身の野球に対する知見をより一層深められる。そう思ったところから、私と女子野球の接点が生まれたのだった。


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