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ウェーベルンは自作がどう演奏されるように望んでいたのか

資料1:クレンペラーとの対話 (ピーター・ヘイワース著 佐藤 章 訳 白水社 刊)より (170ページ〜)
ヘイワース  ウェーベルンの音楽についてはいかがですか。
クレンペラー  わたしには理解できません。もちろん知ってはいますが..…。わたしは彼の交響曲をウィーンでもベルリンでも指揮しました。しかし作品のなかに入りこんで行けなかった。おそろしく退屈だと思ったのです。そこでウェーベルンにわたしのところに来て、その曲をピアノで弾いてきかせてくれとたのみました(...中略)そうすればたぶんもっとよく理解できるだろう。彼はやって来て、一音一音ものすごい激しさと熱狂をもって演奏したのです。
ヘイワース  冷静にではなかったのですか。
クレンペラー  いや、激情的でした。彼が弾き終わったとき、わたしは言いました。「わたしにはそんな風には指揮できませんね。あなたの曲にあんなにすごい激しさをもたらすことは、わたしにはとてもできない。できるだけのことはしなければなりませんが。」わたしはそのようにし、なかなかうまくいきました。(後略)

資料2:universal edition No. 16 845

資料3:アントン・ウェーベルン指揮の録音
① シューベルト (ウェーベルン編曲)ドイツ舞曲集

② ベルク ヴァイオリン協奏曲

 資料1は本稿のきっかけであり、もはや伝説と化した本の伝説と化した証言です。当時それしかなかったブーレーズの旧全集中の交響曲を聴きながら、きっとウェーベルン自身のピアノ演奏とは全く違うんだろなと夢想しておりました。
 資料2の序文でPeter Stadlenがウェーベルン側からのエピソードを追加しており、ウェーベルンがアドバイスに耳を貸さないクレンペラーにイライラしてたとの事、さもありなんという話です。ピアノのための変奏曲の楽譜へのウェーベルン自身の書き込みは本当に面白い。
 資料3、これがウィーン風という事なのかと思いました。ウェーベルンの音楽がオーストリア・ローカルミュージックの究極の末裔だとするならば、アーノンクールがもしウェーベルンを取り上げていたら! ベルクの「ヴォツェック」を演奏する計画はあったらしいですね。

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