見出し画像

【アイデンス】組織は擬似ではない

画像1


「これは擬似的体験である。しかし組織だけは擬似じゃない」


 アイデンは例の男の言葉を思い出していた。事業計画発表会で聞いたこの言葉は事あるごとにアイデンの脳裏を駆け巡る。今まさに目の前で組織崩壊が起こっている。そのことから目を背けていたのは自分だ。一番やってはいけないことだった。アイデンは罪の意識に支配され、ふらふらと外に出た。

 アイデンは土砂降りの雨の中、行き先も決めずにただ歩き続けた。こんなことをしてなんになる。何にもならない。ただ、この愚かな人間に雨を打たせたかった。これもただの我儘だ。むしろ自分は辛いんだと分かってもらいたいんじゃないのか。誰に? みんなに? いや、誰でもいい。この荒れた天気の街で、悠々と雨を凌ぐ権利などないのだ。そうして、どうにもならないこの怒りを、苦しみを、そして悔しさを、雨音でかき消すしかなかった。

「っ!、うぐっ…」

 ぬかるんだ道に溜まった泥に足を取られ、跪くアイデン。もう立ち上がる気力もない。雨音は一向に収まらないはずなのに、なんだ? やけに静かじゃないか。目の前に落ちる水滴の音さえ、耳に入らない。どうしちまったんだ。もう、ここで……。

「____生きてる?」

 聴こえた。その声だけは。前にも聴いたことがある。その声の主は、跪いたアイデンの目の前に座り込み、傘を差し出していた。

「ナ、ギハ……」

 顔を上げ、見上げた先にあったのは、半年前に川から這い上がり、死ぬ寸前のアイデンを救ってくれた命の恩人だった。彼女は優しい声でこう言った。

「私は知ってる。アイデンが頑張ってること。誰より辛いはずなのに、その辛さを分かってはもらえないことも」

「__でも俺は社長だ。そんな泣き言は……」

「許されない。他のみんなには見せるべきじゃない。そう思ったから、今ここにいるんでしょう?」

「それは……」

 そうだ。リーダーには他のみんなに絶対に相談できない悩みを山ほど抱える。頼りたくないわけじゃない。頼ってもどうにもならないのだ。これはリーダー自らが答えを出さなければならない。だからこそ、見て見ぬふりをした自分を許すことなど……

「それでいいんだよ、アイデン」

「え?」

 ナギハは笑みを浮かべ、ゆっくりと諭すように話しかける。

「許せなくていい。許せないと思える君は紛れもなく社長にふさわしい人間だ。だから、それでいいんだよ」

 ナギハはそう言って、アイデンに手を差し伸べる。立ち上がったアイデンにはもう、迷いはなかった。

「ナギハ、ありがとう。もう、大丈夫だ」

「____うんっ!」

 ナギハが持っていた傘を持とうとしたアイデンだったが、瞬時に手を引っ込められ、眉を顰める。

「あの、手、汚い」

「あ、ごめん」


 そうして合宿所に戻った泥だらけの社長は、みんなに向かって声を張り上げた。

「みんな、話がある!」


 後ろで見守るナギハが満面の笑みを浮かべていたことは言うまでもない。


__________________________

PS.もうちょい言い合いがほしい。アイデンがちょろすぎる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?