1本目 僕の左手

普段の情報発信ではXを使っているので、こちらでは長くなる話を書こうと思っています。気が向いたら更新します。

今回は自分の身体障碍について書きます。なるべく年代順に、記憶に残っているエピソードを並べていきます。

①〜小学校入学
生まれた時から左手の指が無く、先天性の障碍でした。1歳の時に足の骨の一部を手に移す手術をして若干使い勝手が良くなりましたが、手にも足にも手術の痕が残ってしまったのが少し残念です。
保育園では何度か左手の障碍を揶揄われていたらしく、自分では言い返せず、弟に庇ってもらっていたそうです。弟に感謝…
内容は忘れてしまったけど、『さっちゃんのまほうの手』という本をよく親に読んでもらった記憶があります。

②小学生時代
左手でじゃんけんしろよ、えっ、できないの?と言われたのは今でも覚えています。場所や相手の顔、名前も。他にも色々あったかもしれませんが、このエピソードの衝撃が強すぎて他の嫌な記憶が吹っ飛んでしまったみたいです。
いじめられっ子ではなかったです。嫌がらせをしてくるのはごく一部の人たちだけで、ほとんどの人は僕の障碍を理解しサポートしてくれました。高学年になると左手の障碍を揶揄されることはほぼ無くなりました。

③中高時代
中高では左手の障碍について嫌なことを言われたことは一度もありませんでした。そもそも関心を持たれなかったのかもしれません。そういえば左手が不自由だったんだね、と思い出したように言われることも度々ありました。
陸上部に入り、100mのスタートなどで両手を地面に付ける際、左右のバランスが悪くなるので、バランスを取れるように義手のようなものを作ってもらったこともあります。見比べたら一目瞭然なのですが、物を掴んだり持ち上げたりするのはほぼ右手なので、右腕の方が左腕より太いです。このため腕を振る時に体のバランスが崩れやすいので、左手の義手に重りを付ける工夫もしていました。色々考えてくれた先生方に感謝です…
唯一憂鬱だったのは、文化祭でした。陸上部は恒例でカジノを出店していており、部員はディーラーを担当しなければなりませんでした。色々なトランプゲームがありますが、いずれにしてもシャッフルする必要があります。僕の左手ではトランプを持てないので、シャッフルが難しい、というか両手が自由に使える人と同じようにするのは無理でした。仕方がないのでカードを8等分くらいに分けて積み重ねる順番を変えたりするのですが、お客さんには奇怪な目で見られます。もちろん左手もジロジロ見られます。何も言われなくても辛いです。早くシフト終わらないかな、と思いながらディーラーをやっていました…先輩に頼むのも、4つ5つ上の人には流石に言いづらい(T_T)
もちろん先輩方はいい人ばかりで、親切にして下さったのは言うまでもありません。片手でシャッフルする方法とか、あったりするのかな…
総じて中高時代は僕の左手の障碍に無関心な人が多く、自分も時折複雑な思いをする以外は、あまりそれに目を向けていなかった気がします。(今も似たような感じですが…)

④大学生〜
大学が差別とかダイバーシティへの関心が強いところだったので、改めて自分の障碍について意識する機会が増えました。
少し困るようになったのは集合写真の撮影です。片手でできるポーズなら対応できるのですが、両手で形作るものだとできないので、前の人に隠れたり似たようなポーズを作ったりして目立たないようにします。なんで楽しい写真撮影なのにこんなこと考えないといけないんだろう、と思うこともあります。言いづらいから言わないけど、モヤモヤした気持ちは残ったまま。その時はやり過ごせるから、一旦忘れる。また思い出す時が来たら、モヤモヤする。僕の障碍は要約するとこれが全てだと思います。一生の付き合いですが、20年もこの手で過ごしていたらもう慣れっこです。月1くらいでモヤッとしています(笑)

⑤さいごに
ふと、両手が自由に使えたらどんな感じなんだろう、と思うことがあります。吊り輪とか鉄棒とか、色々な遊具で遊べるんだろうな。リコーダーも改造せずに演奏できる。野球も左手グローブでしっかりキャッチできる。などなど…羨ましい生活です。僕には一生訪れない夢のまた夢です。なんで僕には左手が無いの、と泣いたこともあります。これ以上は書いていても気が滅入るだけなのでやめておきます…
世の中には欠損嗜好なるものがあるらしいですね。どこに快感を覚えるんでしょうね。欠損者にはないものが自分にはあるという優越感?一身体障碍者としては本当に気持ち悪いです。身体を失ってみれば、それがどれほど苦しいか、五体満足であることがどれほど有り難いことか、身に沁みてわかると思います。
愚痴はこれくらいにして、もちろん普段からこんなことを考えながら毎日を過ごしているわけではありません。月1とかなので、もし僕に手を差し伸べようとしてくれる心優しい方がいたとしても、たまに考えてくれる程度で大丈夫です。その「たまに」差し伸べてくれるささやかな心遣いが、僕にとっては本当にありがたいものなのです。ずっと覚えています。ずっと感謝しています。手を差し伸べてくれた人がそれを忘れてしまったとしても。

今回はここまでにしたいと思います。最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。きっとあなたは心優しい方なんだと思います。


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