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とある喫茶店にて

有給を使ったある平日午後、地元でも密かに有名なとある喫茶店に行った。
いろんな本に興味を惹かれすぎてしまったため、読みかけとなった大量の本を携え、せめて1冊でも読み切りたいという思いでドアを開けた。

カフェならではのコーヒーの香りに満たされた空間。
雑居ビルの2Fにあるのに、窓がなく電波も良くないせいか地下にきたような感覚。
ダウンライトは落ち着いていて、壁には窓の代わりに空けられたインテリアスペースに、小鳥の模型が止まっている。

そこはチーズケーキが美味しいと評判で、
メニューもチーズケーキと飲み物のセットのみである。

静かな店内には、これまた物静かそうな店主と、
仙人のような格好をした白髪のおじいさんが静かに座っていた。
あまり広くない店内。
初めてのお店だったので、ゆっくり読書ができそうだと少しホッとした。

早速、チーズケーキと紅茶のセットを注文する。
想像より小さめにカットされたチーズケーキではあったが、食べた瞬間、今までに食べたことのないようなチーズケーキだと、びっくりして本当に目を見開いた。
スフレのようなレアチーズのような、絶妙な食感と味。

これは美味しい・・・

一人で頷きながら、少しずつ噛み締めるように食べていた。

少しして、視界の端で、座っていたおじいさんが立ち上がりこちらの方に近づいてくる。
お会計かな?とも思ったが明らかにこちらの方を見ているようだ。
何かこのお店での禁忌を犯してしまったか・・・?と気づいていないふりをしてチーズケーキを噛み締める。
こんこん、と壁をノックする仕草と音で、やはり私に気づいてほしいのだとわかった。
ようやくの素振りで顔を上げると、喉元でジェスチャーをしたのちに持ち運び用小型扇風機みたいなものを喉元に当てて、満面の笑みで、
「美味しいよね」
と、機械の音声が、でもはっきりそう聞き取れる声で言った。

そうかおじいさんは、喉の病気か何かで声は出ないんだけども、このチーズケーキの美味しさに席を立って共感しにきてくれたんだ、と一瞬で全てが理解できた。
耳慣れない機械音への戸惑いはすぐに吹き飛んで、
「はい、美味しいです」
と、初対面の方に満面の笑みで答えたことは言うまでもない。

そのくらい、このチーズケーキは美味しいのだ。
知らない人同士が笑顔で共感できてしまうくらいに。
声を失っていたとしても、美味しいと共感し合いたいくらいに。

なんだかそんな会話が、とてつもなく尊くて素晴らしいことに感じられた。
「美味しい」と「幸せ」が目の前に見えた気がした。

おじいさんは常連さんのようだった。
みんなにこうして声をかけてくれているのかも知れない。

またチーズケーキを食べにいこう。

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