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芸人時代の元相方がブチギレて50歳若返った話

お正月、芸人時代の元相方と呑んだ。

名前は西中。
またの名は「徹底的な優男」。

西中←                   →バリかわ彼女

彼はいわゆるイジられキャラで、四方六方八方から芸人仲間にちょっかいをかけられるのが日常だった。

でも、何をされても言われても怒らない。
"怒れない"のではない。

西中は、Jリーガーも輩出した兵庫県の強豪校のサッカー部出身で、フィジカルは鬼。

弱いから怒れないのではなく、最強が故の余裕というのか、とにかくシンプルにやさの極みなのだ。

切り裂きジャケット

芸人時代、真冬に西中とチャリで並走していた。

僕が冗談で幅寄せし、西中を生垣に追い詰めた。西中は生垣にチャリごと突っ込み激しく転倒。

僕は腹を抱えて笑った。

西中が生垣の茂みから生還すると、ダウンジャケットの肩部分が切り裂かれていた。枝の仕業だ。

そのダウンジャケットは、西中がバイト代をコツコツ貯めて購入した高価な品だということを僕は知っていた。心拍数が急上昇した。

しかし西中は「オモロかったらなんでもエエわ!」と笑い飛ばした。

引きちぎりサドル

西中はボロボロの愛車チャリに乗り続けていた。

若手芸人は絶望的に金がない。

西中の愛車はフレームが錆び、サドル先端が前輪側にお辞儀していた。

普通に乗れば身体が前にずり落ちるところ、西中の強靭な体幹でなんとか耐えながら乗っていた。

当時の僕は筋トレに夢中。

冗談半分で「サドル直したるわ!」とイキり倒し、先端を掴んでおもいきり引っ張った。

ちぎれた。

サドルの支柱部分が想像以上に摩耗していたのだ。

さすがにオワタと感じ、おもむろに西中の方を見た。

彼は笑い転げていた。

そんなやさの極みPremiumが、一度だけブチギレた瞬間を見たことがある。

vs高級車に乗る大型犬

その日はオーディションを兼ねたライブ当日。合格すれば劇場メンバー昇格が決まる重要な舞台だった。

ネタ合わせを終え、2人で劇場へ。極貧の若手芸人は電車賃すらなく、チャリで向かった。

サドルのない西中は、涼しい顔をしながらエアーで座り漕ぎをしていた。

歩道のない狭い道路。僕が前、西中が後ろで、道路の左端を走行していた。

自分が車を運転しているとき、正直チャリが邪魔に感じることもある。

背後から、けたたましいエンジン音。次の瞬間、フルスモークの黒塗り高級車が僕に幅寄せしてきた。

風圧で髪が乱れるほど、僕の身体ギリギリをかすめた重厚な車体。

高級車はチャリの進路を塞いで停車した。

戦慄。

自分の落ち度はゼロだが、怖すぎたのでひたすら謝って事なきを得ようと考えた。

ウィーーン。
運転席の窓が開く。

ヤ○ザ風の中年男だった。

(死んだ...)

「お前らチンタラ走っとったr」

「相方がケガしたらどうすんじゃボケ!!!」

大地を揺るがすような西中の怒声が、ヤ○ザ風の罵詈雑言を直ちに鎮圧した。

西中「降りてこい!相方に何かあったら落とし前つけれんのかワレ!?降りてこい!俺がったらぁ!」

ヤ○ザ風は静止画ぐらい固まっていた。

Now Loading...が長すぎるプレステのソフトぐらい固まっていた。

西中「ええ歳こいて悪ぶんなカスが!生き方ダサいんじゃ!」

ヤ○ザ風は、ソファを噛みちぎって飼い主に怒られるラブラドール・レトリバーみたいな顔をしていた。

怒りが収まらない西中は、チャリを降りて車の方へズンズン歩を進めた。

ヤ○ザ風は青白い顔で敗走した。

僕はポケットからキュンが出かけた。

トラブルを経て深まった絆

再びチャリにまたがり、ライブ会場へ向かう道中。

僕は西中に「ありがとう」と言った。

相方に礼を述べるなんて、いつぶりだろう。距離感が近くなればなるほど、素直に気持ちを伝えるのが難しくなってくる。

僕達は、ほぼ毎晩呑みに行くほど仲が良い状態でコンビを組んだ。100点満点からのスタートは、まもなく減点方式に移行してしまう。

徐々にイヤな部分が垣間見え、ときには無理やりにでもイヤな部分を採掘し、勝手に腹を立てている自分もいた。いま考えるとワケが分からない。

ビジネスパートナーでこれなのだから、夫婦って本当に尊いなと思う。

基本的にコンビ仲は良いのだが、思うような結果が出ないときはギスギスした期間もあった。

だが、ラブラドールのおかげで、2人の関係性が再定義された。これまで以上に強固な絆が生まれた。

「今日のオーディションは絶対に勝とうぜ!」と言葉を交わし、会場に入った。

舞台上でミラクルを起こす西中

ラブラドールにカラまれたせいで入り時間が遅れ、会場ではネタ合わせができなかった。

その日はコント。僕が小学生役、西中は80歳のおじいちゃん役で顔中にしわのメイクを施していた。

いよいよ僕らの出番。舞台が暗転する中、西中と僕は定位置についた。

出囃子が止まり、明転。

喋り出しは西中のセリフだった。

……が!

とんだ。

静まり返るお客さん。

西中の唇がプルプル微振動している。10秒経っても20秒経ってもセリフが出てこない。

徐々にざわつき始めるお客さん。

1分が経過した頃、ようやく思い出した西中が喋り出した。

西中「ほれ、おこづかいじゃ」

西中の顔を見ると、セリフをとばした焦りで大量に発汗し、滝汗が老爺ろうやのメイクをキレイさっぱり流し去っていた。

彼は、ものの1分で80歳から30歳へと若返ったのだ。

そこから5分間。小学生と、何故かおじいちゃん口調の青年による超絶イミフな寸劇を繰り広げた。

しかも、口調とビジュアルがチグハグのワケ分からん方がツッコミとして是正役を担っている。

お客さんは1人も笑わなかった。

舞台袖で見ている同期・先輩・後輩は腹を抱えて笑っていた。

舞台を降りるなり、西中は真っ青な顔で僕に深々と頭を下げて謝罪。

もちろん僕は「オモロかったらなんでもエエわ!」と笑い飛ばした。

徹底的な優男

話は現在に戻り。

お正月に呑んだとき、西中は一連のエピソードをしっかりと覚えていた。

そして、僕がダウンジャケットの修理代およびチャリのサドル代を未だに払っていないことも...。

ラブラドールと西中がモメている最中、僕だけこっそり逃げようとしていたことも...。

一部始終を隅から隅まで覚えていた。

同じバイト先で働いていたとき、体調が悪いといって西中に代わってもらったのだが、本当はコンパに行っていたこともバレていた。

それでも西中はずっと笑っている。

コンビは解散し、互いに芸人を引退し、時を経てもやっぱり西中は「徹底的な優男」だった。

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