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家のない眼 第二話

2020年三月ごろ、コロナ禍になった。非常事態宣言が出て、ロックダウンが始まった。世界中で。
家入充は家の件があってから通る人がやたら減ったが更に音すらない世界になり荒んでいった。彼の仕事はリモートで十分できる。仕事だけは問題なかったが、人と会えない。
頼りになる大叔父の太は高齢ゆえに誰とも会えないし、彼はSNSの情報やネット依存に陥っていった。どんどん顔は険しくなっていった。
洋子とはビデオ通話で時折話すが洋子はいち早く充の異変に気付いた。
「ねえ、目つきが、大丈夫?ほらリツ子、お父さんの顔を見て。」
ビデオ通話越しに娘のリツ子も父親を見るが、
「パパ、顔が鬼みたい。嫌。」
段々色々分かってくる六歳児は父親を見ようとせずに逃げた。
「いや、僕も自分がおかしいのは分かってるんだよ。でも、孤独が過ぎる。せめてもの救いがネットなんだ。もう限界だよ。会いたい。」
充はビデオ通話越しに泣いた。洋子も泣いている。
「あたしたちは今、関西にいるけどこちらも大変よ。インバウンドがないから、あの心斎橋とかがガラガラ。師匠が言ってた通り、貯金していてよかったわ。何とかなるわ。相変わらずの養育費はありがとうね。あなたは一人じゃないから。こんなこと言っても通じるかわからないけど。愛してる、初めて会った時から。一方通行でもいいの。あなたが好き、いつまでも。」
充は涙が止まらない。鼻をすすり、眼からは大粒の涙が延々と零れ続ける。
「ありがとう、洋子ちゃん。僕は最近分かった気がする。多分、未成熟だったのだと思う。今ならその気持ちがわかる、僕も愛してる。コロナが明けたら会いたい。今すぐに。それまでは何とか生き抜いて見せる。ネットはしばらく見ないようにするよ。体に悪い、酒もたばこも増えたんだ。これ以上体を痛めつけるのはやめるよ。マインドフルネスして座禅したり瞑想するよ。
最近宗教系の本を読みだしたんだ。まあ、信仰する気はないけど助けにはなる。・・・、心の底から感謝している、君に会えたことを。
じゃなきゃ多分もう生きてないよ。一番近い人だから。両親の夢も見ないし、動物も飼ってないし、孤独だけど何とかやって見せる。」
二人は泣きながらこの世界の片隅で初めて心と心が完全に通じ合った。
とりとめとなく話して、通話を切った。
充は通話で言っておきながら、酒と煙草をやめられなかった。酒は何とか三日位は空けられるがタバコは毎日二箱吸っていた。高いのに。
そんな日々、世界中が悲しみと恐れと虚しさに包まれていた時であった。

新開満、19歳は充の地元の自称ユーチューバー。だが実際は親のすねかじりの無職である。高校は出たが、就職活動はしなかった、生きる気力が足りない令和の若者なのだ。昼夜逆転の生活をしていて真夜中に時折叫びたくなるが何とか理性で抑えていた。
彼もネットだけが救いだった。彼は顔を隠してユーチューバーとして、声も変換して世界とか、政治とか、芸能人の悪口を言いまくっていた。背景は絶対に分からないようにしていたがコロナ禍ではそんなのごろごろいたから彼の登録者はたったの6人。高校の同級生が4人であとは両親だった。
高校の同級生たちとチャットでやり取りしているときだけに世界とのつながりを感じていた。満には忍耐力がまるでなかった。初めてしたバイトはコンビニの深夜勤務、作業量と時給の低さに三日でやめた。その時の給料はさすがに悪いと思って親に全て渡した。両親はあきれ返りながらもコロナ禍で一人息子が外に出ないのはいいことだと前向きにとらえていた。
そして、うわさになっているある家の眼の話が地元ではまことしやかにささやかれていた。
満はスマホを解約している。この時代にそうしたのは彼はSNSが嫌いだからだ。通話は家の固定電話、学生時代もガラケーまでは使っていたが満には妙な勘があった。デジタルは信用ならないと。
そんな彼だから、気力がないタイプだが4人の友人がいるである。満の両親は地元の市役所の職員。コロナ禍でリモートになっているが、
なるべく満に成長してもらいたいから嫌いではない料理を可能な限り満にさせた。満も嫌ではなかった。自分が寝る前に両親の朝ごはんを作ってから寝る。一度寝たら夕方まで爆睡。起きたら主になべ物やシチューを作る。父親は満が幼いころに自分の母親と同居していたのは良かったと思っていた。
父親の英夫は満がおふくろの味を作れていることにコロナ禍で感謝した。
母親の多恵子は、
「コロナが空けたらあんた、調理学校に行きなさい。お金は出してあげるから。」
冗談でなく本気で言った。だが満は、いい返事をしない。

そうこうしているうちに、例の眼の家の話がコロナ禍でますます怖がられて、満の友人たちも気になっていた。
「眼の家で外でユーチューバーしちゃう?」
友人の一人がそう言った。4人とも、会社員だが定時に帰れるきつくない職場だ。満を含めた5人で例の家の外観だけを撮影しに行こうと決めて、

その日の夜が来た。

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