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煙草2023/06/16

煙管が壊れたので紙に移った。肺に入れず味と雰囲気を味わう煙管と違って、紙煙草というものは酩酊を味わう。なるほど、確かに楽しみ方が違う。そして私はヤニでクラっとする酩酊が好きなので紙を選び取った。アメスピからマルボロへ、ハイライトからセブンスターと重めのものがクラりやすいのでもっぱら吸った。

煙草を吸うとふと思う。こういった私のような者は酩酊を感じるモノに頼っていないと、大人の生活というものを生きていられないのだろうなと。そしてそれに頼らずにはいられないほど世界は不条理で満ちていて、歪なんだなあと。そう思いつつも、これは全くの自分でしか見えていない色眼鏡での感想だなと、自分に少し批判をしてはまた灰が積もっていく。

モチロン世界と自己をきっちり分けて行けている人間は、酩酊を目的としてじゃあなく、雰囲気を味わっているのだ。コミュニケーションを円滑にする便利ツールとして使っていると言う事もわかっている。

そう考えているとまだまだ私は大人になりきれない子供。酒とタバコを喫せるだけの者なんだろうかと少し、世界から弾き出された気持ちになった。まあ概ねそのとおりなんだろうが。

煙管が壊れてしまったのなら、戯れに買ったもうこの手巻き用の葉も意味はもさないものだな、と思いつつも彼を一番使える環境を揃えたほうが良いと思った。彼もそれを求めているだろうから。

手慣れてない手付きで紙で葉を巻く。そこらに葉が溢れる。何度か繰り返しようやく一本の煙草になり、マッチに火を点ける。物足りない。ホントに彼を使いこなせている気がしない。思わず途中で火を消し、同じ銘柄の市販品に火を点ける。美味しい。完成されているなぁと感じる。根元まで吸い、灰皿にいつも通り捨てた。

自分の巻いた煙草が市販品の隣で、物悲しい表情で燻っていた。

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