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デンマーク・サッカー代表チームとミカエル・アンカーの絵を重ねて

私はサッカーに詳しくはないが、6月12日のEURO2020のグループ予選での前半終了間際、クリスティアン・エリクセンChristian Eriksenを襲ったアクシデントには、大変ショックを受けた。翌日のデンマーク紙の見出しで、「彼は死んでいた」というチームドクターの直接的な言葉を読み(実際に10分ほど心停止していたとのこと)、ことの重大さにまたショックを受けた。

ピッチ上で倒れたエリクセンは、応急処置を受け、40分後の正式なドクターからの「意識を戻った」との発表の上でゲームは再開された。その後、世界中からエリクセンへの応援の力強いメッセージが送られるとともに、その際の選手たちの取った対応が絶賛されている。

中でも、キャプテンであったシモン・ケアーSimon Kjærは倒れたエリクセンに走り寄り、すぐに舌を飲み込まないように気道を確保し、カメラから守るために他の選手たちと前に並んで立ちはだかるなど、非常に冷静だった。GKのカスパー・シュマイケルKasper Schmeichelと共に、ピッチに降りてきたエリクセンの妻を抱きしめ、言葉をかけるなど、本当に素晴らしい対応であった。

報道された、彼らがピッチでエリクセンを守る何枚もの写真は心を揺さぶるものだった。深刻な表情、涙する選手の姿を見て、ミカエル・アンカーMicheal Ancher(1849-1927)の絵が私の中で重なった。絵の中の登場人物たちと選手たちの表情が重なり、深刻な中での一体感のようなものが重なったのだ。

ミカエル・アンカーはデンマークのボーンホルム島に生まれ、芸術家村スケーエンの中心の一人となった画家であり、海辺の漁師たちをモチーフに連作を描いている。アンカーの描く漁師たちは力強く、時に英雄的であり、彼らは強い絆で結ばれている。私がスケーエン美術館に行ったとき、一番感動したのが彼が描いた「溺死した漁師」という大画面の絵であった。そこには悲しむ家族と共に、物言わず立ち尽くし、見守る漁師たちが描かれていた。ほかにも「救助された人々」や「ボートを漕ぎ出す漁師たち」(下の2枚)など、彼らの連帯と厳しい闘いに挑む様子など、暗いけれど、とても胸を打つ作品がある。

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今回のデンマーク代表チームの取った行動に対し、ヒュルマンド監督は「人生で最も大切なことはなにか、それは価値のある人間関係を築くことだと気づかされた。我々の選手たちはどれだけ称えても称えきれない。大切な友人が苦しんでいるときにお互いを気遣い合える彼らのことをこれ以上ないほど誇りに思う」と語った。こうした互いの信頼に満ちた人間関係は、危機的状況に対処するデンマーク漁師たちの様子を描いた、1900年前後からのアンカーの絵と同質のものだろうか。信頼関係と団結。デンマーク社会の基盤には互いの信頼関係があるとよく言われる。羨ましい。

昨日のベルギー戦では、エリクセンの10番にちなんで、試合開始後10分に試合を中断して、ベルギーチームがボールをピッチから蹴り出し、エリクセンに拍手を送った。エリクセン自身は心臓にICD(ペースメーカー)を埋め込み、18日に退院し、その足で家族と共にデンマーク代表チームのキャンプを「ビッグ・サプライズ」で訪ねた。首相のメテ・フレデリクセンが「サッカーの試合で勝敗が重要でないことはめったにない」とコメントしたが、本当に、その通りだ、と今回だけは多くの人がエリクセンの笑顔を見て思ったことだろう。


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