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【古谷昭男】4回戦で何度も負けた“叩き上げ”でもできると見せたい。~ダイヤモンドグローブ・インタビュー 2023年2月14日


◇WBOアジアパシフィック・スーパーフライ級王座決定戦12回戦
 1位 中川健太(三迫) 27戦22勝(12KO)4敗1分
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 12位 古谷昭男(六島) 15戦10勝(3KO)5敗

■「踏み台になるつもりはない」

 2023年の『ダイヤモンドグローブ』は、2月14日に東京・後楽園ホールで開催されるスーパーフライ級のダブルタイトルマッチから幕を開ける。そのメインイベントで行われるWBOアジアパシフィック王座決定戦をクローズアップする。

日本タイトルを3度獲得したサウスポーのベテランで、WBC世界スーパーフライ級15位にランクされる中川健太(三迫)、昨年2月に初のタイトル戦で敗れて以来のチャンスに勇躍、大阪から乗り込む元世界ランカーの古谷昭男(六島)が、元世界3階級制覇の田中恒成(畑中)が返上した王座を争う。

 2022年の中川は結果だけではない進境を示した。4月、経験豊富な元日本王者で同い年の久高寛之(仲里)との空位の日本王座と生き残りを懸けた戦いに判定勝ち。大阪からベルトを持ち帰ると、8月には当時1位の若き実力者、梶颯(帝拳)を大差判定で退け、初防衛に成功した。

 今年8月で38歳になる中川の成長を支えているのが、椎野大輝トレーナーとの実戦的なフィジカルトレーニングだ。筋量もアップし、体の使い方も向上、ボクシングの幅が着実に広がった。日本王座は返上、同じ日のセミファイナルで移籍初戦を迎える後輩の川浦龍生に後継を託し、ステップアップを期す。

 古谷は昨年8月、矢島大樹(松田)を2度倒し、大差をつける判定勝ち。川浦と日本王座を争う橋詰将義(角海老宝石)との東洋太平洋・WBOアジアパシフィック王座、2冠がかかった決定戦に判定で敗れて以来の再起を飾った。再び巡ってきた好機に「今度こそ」と強い意気込みを示す。

体操の国内トップ選手の嘉章さんを兄に持ち、幼稚園から小5まで体操、中学まではブレイクダンスに親しんだ25歳の古谷。4回戦時代は4勝4敗と目立つ存在ではなかった。12戦目、A級昇格2戦目にして元東洋太平洋王者の中山佳祐(ワタナベ)、さらに次戦で元日本王者の奥本貴之(グリーンツダ)を連破し、トップ戦線に急浮上。“サウスポーキラー”としても注目された。

対サウスポー5戦目となる橋詰に初めて敗れたが、「今でも嫌いではないし、得意なほう」という古谷の言葉以上に巧みな試合ぶりが自信を物語る。中川も承知で「前回の梶戦より難しい試合になる」と警戒する。優位なポジションをどちらが先取りし、ペースをつかめるか。

中川の椎野トレーナー、古谷の武市晃輔トレーナー、経験を重ね、実績を上げ、評価を確固たるものにしてきた東西の若手トレーナー対決としても興味をそそられる。ともに選手からの信頼厚く、練り上げられた戦術も勝敗のカギを握る戦いになる。

「世代交代はさせない」。SNSでの中川の宣言を受け、「踏み台になるつもりはない」と古谷は応じる。高校入学直前、ジムに入会した当初は「プロになるつもりはなかった」という叩き上げは「4回戦で何度も負けて、アマチュアでもやっていない選手でも、諦めへんかったら、ここまでできるというところを見せたい」とベルト奪取を誓う。

※セミの日本スーパーフライ級王座決定戦は橋詰選手のケガで中止になりました。

■武市トレーナーとの「エグい練習」が自信に

――試合に向けての準備は万全ですか。

古谷 いつも通りですね。エグい練習で、めちゃくちゃ追い込んできたので(苦笑)。

――以前、六島ジムの先輩で元WBOアジアパシフィック・バンタム級王者のストロング小林佑樹選手(=引退)を取材させていただいたんですが、試合の2ヵ月ほど前から武市トレーナーに1日3部練習で追い込まれるとか。

古谷 あ、僕も1回、小林さんとやらせてもらったことがあるんですけど、今では3部練はなくなって、でも、練習内容は日に日に進化しているので、変わらずめちゃくちゃしんどいです。

――例えば、どのような練習を?

古谷 そうですね。例えば、スパーリングをするじゃないですか。そのあとに傾斜角度をつけて、最高速度に設定したランニングマシーンを走って、それが終わったらサンドバッグでバッグダッシュ、そのあとにミットをしてっていうサーキットメニューを何ラウンドも繰り返したりとか。

――スパーリングのあとに?

古谷 はい。それがエグいです(苦笑)。

――以前は坂道を武市トレーナーが乗った自転車を押して駆け上がるとか。

古谷 それは3部練の頃ですね。愛染坂(大阪市天王寺区)というところに行って、チャリを押す……。あれもヤバい。六島ジムの名物だったんですけど。

――それが今では思い切り傾斜をつけて、最高速度で負荷をかけたランニングマシーンに変わったり、ジムで効率よく濃密な練習ができる形になって。

古谷 はい。練習はいちばんしんどいんじゃないかな、と思ってます。その分、自信になります。特にスタミナに関しては、自信を持って試合に臨めますね。

――そういう練習が昨年2月の初のタイトルマッチで、初めての12ラウンドをフルに戦い抜けたことにつながった。

古谷 はい。なので、したくはないですけど、しないと勝てないので(苦笑)。

■初のタイトルマッチで感じた達成感と可能性

――今回がちょうど1年ぶり、2度目のタイトルマッチになります。タイトルに対してはどのような気持ちがありますか。

古谷 まず、こんなに早くチャンスをいただいたことに感謝して。今度こそ、という気持ちです。しっかりジムに恩返しというか。獲りたいですね。絶対に。

――再起するまでは、どのような気持ちでしたか。

古谷 もう、最初はやめよう、というか。ここまでやれたし、もういいかな、と負けたときは思いました。大晦日も正月も返上して、ジムも開けてもらって練習してきて、精一杯やった結果、届かなかったので。

――切り替えるきっかけは、何かありましたか。

古谷 いえ、しばらくしたら、もう少しできたらチャンピオンになれたんじゃないか、自分はまだまだやれるんじゃないか、と思えてきたというか。自分もまだ25ですし。これがポコンと1ラウンドとか2ラウンドとか、序盤でKOされてたり、圧倒的にボコボコにされてたりしたら、自分はここまでなんや、と思ってたかもしれないですけど。

――12ラウンドやりきれたことで、一方で自分の可能性も感じられた。

古谷 そうですね。あんなに弱かった4回戦のときを考えたら、自分でも、「自分、すごいな」みたいな(笑)。

――4回戦時代は4勝4敗だったんですもんね。でも、だから、そこから、ここまで来ることができた、という達成感と、まだまだできるんじゃないか、という可能性、両方を感じることができた。

古谷 そうですね。諦めへんかったら、ここまでできるんやな、やり続けたら、結果も出るんやな、ということを実感できたというか。結果としては報われてないんですけど、ここまでできるんだと感じることはできました。

――その橋詰選手とのタイトルマッチですが、試合内容、展開、どう振り返る試合ですか。

古谷 試合の見せ方、ポイントの取り方、橋詰さんが巧かったですね。

――序盤にペースを取られてしまいましたね。

古谷 はい。前の手が巧くて、やりづらかったです。距離の遠さも感じましたし、ずっと当てにくいポジションを取られたり、逆に自分が(橋詰のパンチを)もらうポジションに入られたりして。

――古谷選手と言えば、“サウスポーキラー”で、試合を見てもサウスポーがやりづらいポジション取りをよく分かっている選手だと感じますが。

古谷 はい。でも、橋詰さんがどう感じたかは分からないですけど(笑)。

――対サウスポー5戦目で、負けたのは初めてになりますが、今もサウスポーに対する自信はありますよね。

古谷 はい。別に負けたからと言って、今でも嫌いではないし、得意なほうやと思います。

■“サウスポーキラー”のルーツ

2019年10月、中山佳祐を破った古谷の出世試合で武市トレーナーと(六島ジム提供)

――中川選手もサウスポーです。日本王者に3度なっているベテランですが、どんなふうに見てきた選手ですか。

古谷 自分で言うのもなんですけど、自分は急に上までトントンと来たので、今まではやるとはまったく思ってなかったんです(笑)。自分が上に上がってからちょこちょこ見たぐらいですけど、この前の梶颯選手との防衛戦を動画で見させてもらって、思ってたより巧いなと思いましたね。

――イメージと違った。

古谷 “サンダーレフト”と言われてるじゃないですか。昔はボコボコ倒していたと聞いてて、パンチが強いっていう印象だったんですけど、ポジションの取り方、パンチの当て方が巧いなと感じました。

――そういう意味では、古谷選手の対サウスポーのポジション取り、中川選手のポジション取り、その取り合いになりそうですね。

古谷 はい。そこでうまくハマれば、と思ってます。

――橋詰選手との試合では、そこの争いで後れを取ったところがあったから、いかに先取りできるかが大事になる。

古谷 そうですね。なので、序盤から行きたいな、と。それに自分は大阪から行くんで、ポイントも向こう寄りになるかもしれないし、自分から積極的に、ディフェンスしながら行きたいですね。

――いいポジション、もらわない位置取りで。

古谷 そうですね。真っ直ぐ行くだけじゃなくて、パンチもあると思うんで、もらわんように。

――前から聞きたかったんですが、なぜサウスポーに対して、うまく戦えるんですか(笑)。

古谷 ああ。よく訊かれるんですけど(笑)、僕がまだ六島ジムのスクールでやってて、サウスポーがやりにくいとか、なんも分からん状態の頃、武市さんから「サウスポーなんて、こうして、こうしたらええやんけ。こうしとけば、もらわんやん」みたいな説明されて、それが自分の中でめちゃくちゃしっくりきたんです。

――スクールというのはジムに入ったばかりの頃ですか。

古谷 はい。中学を卒業して、ほぼ高1ぐらいでジムに入って、プロになるつもりはなかったんで、スクールでやってて。スクールの中学生にもボコボコにされてたんですけど、それを聞いて、実際にやったら、しっくりきて。

――武市さんの説明がしっくりきて、その通りにサウスポーとスパーリングをやったら、うまくハマった。

古谷 ほんとにそんな感じでした。武市さんはいつもラインと言うんですけど、ラインが見えるというか。ここのライン、ポジションは危ないとか、逆にこのラインだったらパンチを当てられるし、自分はもらわないっていうポジションがオーソドックスより分かりやすいです。と、自分では思ってます(笑)。

――へえ。そこにサウスポーの元王者を続けざまに破って、驚かせたルーツがあったんですね。

古谷 どうなんですかね(笑)。まあ、後楽園ホールで中山さんとやったときは、初のランカー挑戦で、自分の戦績もよくないし、相手としてなめられてたところがあったんで、それで番狂わせみたいにできたと思いますけど。

――でも、あの試合は大きかったですよね。ここまで来る上でも。

古谷 そうですね。元チャンピオンで、ランカーで、敵地で、それで勝って、自信がついたのはありました。

――それに言うまでもないことですけど、武市さんの存在が大きいんですね。

古谷 すごく。ジムに入った最初のときから教えてもらってますし(笑)。

■ボクシングに生きたブレイクダンスの“物真似”力

――話は変わりますが、お兄さん(古谷嘉章さん)が体操選手で、古谷選手も小さい頃は体操をやっていたそうですね。

古谷 あ、そうです。もともとお兄ちゃんが体操をやってて、全日本選手権に出たり、自分はよく分からないんですけど(笑)、体操の中では結構、有名な選手で。でも、コナミ(※)に行って、内村航平選手と一緒に練習してたこともあるみたいなので。

※コナミスポーツクラブ体操競技部で内村さんとチームメイトの時期があった。

――へえ。国内のトップ選手。

古谷 はい。それで、お兄ちゃんがやってることもあって、幼稚園から小学校の5年生までやってて。で、やめて、ダンスに。

――ダンス?

古谷 ブレイクダンスを。友だちがやってて、そっちもやりたいってなったんですけど、親から、やるなら体操をやめるか、どっちか、みたいに言われて。お兄ちゃんは、その頃、清風(私立中学・高校)に行ってたんですけど、僕は小学校の友だちと離れるのが嫌やったんで、ダンスをやりました(笑)。

――清風って、体操で有名ですもんね。では、そこからはブレイクダンスを。

古谷 はい。中学生まで。

――小さい頃のスポーツ経験って、のちのちまで生きるんじゃないかと思うんですけど、体操の感覚とボクシングと通じるところはあったりするものですか。

古谷 僕は体操よりダンスのほうが。ダンスって、体の動きが複雑で、物真似というか、先生の動きを鏡で見て、それを真似して覚えるんですけど。実際にボクシングをやってみると体の動かし方が難しいじゃないですか。こうして、こうやって打つんや、と言われても、うまくできない人って、いっぱいいると思うんです。でも、僕は体の動きは真似してできたというか。

――言葉を換えると再現する力、この動きをして、というのを真似して、再現できる力、そのダンスの物真似する力がボクシングに生きた。

古谷 僕はそうやと思ってるんですけど(笑)。例えば、武市さんの物真似はめちゃくちゃしてます。

――武市さんの物真似?

古谷 はい。武市さんの動きの物真似というか。天才なんで。動きが。だから、武市さんの技を僕が真似して、マス(ボクシング)でやると「俺やん!」って、武市さんが言ったり、武市さんが選手とマスしてると、みんなが「昭男やん!」みたいな(笑)。そんな冗談があるぐらい僕が似せてます。

――なるほど(笑)。だから、例えば、武市さんが言葉で伝えるだけじゃなく、自分の動きで見せてくれることもあるわけですね。

古谷 はい。ミットでコンビネーションをやってても「こうや」って、見せてくれますし、マスでもやって見せてくれますし。

――そのほうが古谷選手も飲み込みが早いんでしょうね。

古谷 はい。分かりやすいです。

――では、次の試合に向けても、言葉で話すだけではなく、動きでイメージを合わせながら、相手の対策を突き詰めているわけですね。

古谷 西の策士なんで(笑)。武市さんは。

――そういう意味では、中川選手の椎野トレーナーも評価の高いトレーナーで、コアなボクシングファンからは選手だけでなく、トレーナー対決としても注目されるかもしれないですね。

古谷 そうやったら、余計に勝ちたいですね。もっと評価してもらえるように。武市さん、すごい人なんで。

■KO勝ちで“叩き上げ”に勇気を

スパーリングを重ねた同門の西田凌佑(右)。「最高の相手」と古谷(六島ジム提供)

――どんな試合になるとイメージしてますか。

古谷 どうですかね。最終的には根比べになるんじゃないかと思ってますね。

――終盤までもつれる試合になる。

古谷 まあ、中川選手からしたら、そんなふうにもならんって、言ってるかもしれないですけど。SNSで「世代交代はさせない」みたいなことを言ってるのを見ましたし。でも、僕も踏み台になるつもりはないんで。

――サウスポーとのスパーリングに関しては、六島ジムには西田(凌佑)選手(現WBOアジアパシフィック・バンタム級王者)がいますけど、西田選手とはかなりラウンドをやれたんですか。

古谷 はい。もう決まる前、決まるかも、と言われたときから、西田さんとはずっと毎日のようにマスもしてもらって、スパーも結構、やってもらってきて。これやられたら、(サウスポーは)嫌やで、みたいなことも教えてもらったり、僕も武市さんに言われたことを試したりしながら。

――戦い方の幅も広い選手だと思いますし、最高の相手ですね。

古谷 最高の相手ですね。めちゃくちゃ強いです(苦笑)。橋詰さんのときは、西田さんがケガしてて、あまりできなかったんですけど、今回は。

――では、それはひとつ、橋詰選手に負けたときと違うこと、プラスアルファになりますね。

古谷 そうですね。はい。

――今回で3度目の後楽園ホールです。絶対にベルトを獲るという気持ちで臨む試合になると思いますが、どんな試合を見せたいですか。

古谷 まず、僕みたいな選手が勝つところを見せたいですね。4回戦で何度も負けて、アマチュアでもやってない選手でも、諦めへんかったら、ここまでできるというところを見せたいと思ってます

――僕みたいな選手と言われましたが、最近はアマチュア出身選手が活躍して、子どもの頃から始めている選手も多い時代ですよね。

古谷 それでやめていく選手もめっちゃ多いと思うんです。トップアマチュアの選手には勝てないって。実際のところ、強いし。でも、僕みたいな叩き上げでやってきた選手が活躍することで、俺も頑張ったら、と思ってくれる選手が増えてくれたら嬉しいです。ジムにもアマチュアでやってない選手がいてますし、「勇気もらいます」って、言ってくれる後輩もいてるんです。そのためにも判定とかじゃなく、僕がKO勝ちしたいですね。

(取材/構成 船橋真二郎)

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