何のためにプロレスラーというか私が戦っているかって話
木曜日なので特別編です。
これに関しては特にどうって内容ではないですが、私の考え方および内面を晒す記事なのでちょっとお高め500円に設定させていただいております。
したがって、私の内面に興味がある方やテーマに引っかかった人がお買い求めください。
いや、普通になんとなく買ってもらえるのも嬉しいもんだけれども。
またしてもリクエストあったのでそれについてです。
質問?はこんな感じです。
「『私のことを好きな層は何をやっても肯定的に捉える』的な(以前書いた)言葉が自分の中でずっと引っ掛かってます。好きな選手がリング上で起こした事を受け入れられないのはダメな事なんでしょうか?」
えっと先に今回の記事の構成を提示しときますね。
無料部分でこの質問の私の答えを述べます。
で、有料部分では「私がファン(プロレスファンと私のファンの2つのケース)についてどう思っているか」「ファンに何を望んでいるか」を書かせてもらいます。
いい話を織り交ぜるので、気になった方はお買い求めください。
では、行きましょうか。
最近記事が長くなりがちなので少しだけコンパクトにまとめます。
まず、無料部分の質問への答え。
『私のことを好きな層は何をやっても肯定的に捉える』
これ、受け取る角度によって意味が若干変わってくるんですよね。
質問してくれた人は、
「私のことを好きなのであれば肯定的に受け取れ」って意味で捉えた気がするんです。
これは私的には、半分正解で半分間違い、と言えるでしょうか。
いや、半分は割合多いな。
3分の1正解で3分の2間違いくらいかな?
まあいいや。
配分は置いとくとして、事実としてリングで起こったことは一方通行であることがほとんどです。
わかりやすく言うと、例えばリングで私が
「フェロモンズを復活させる!」
と言ったとしましょう。
受け入れてくれる人、受け入れられない人、両方いると思います。
乱入でもいいですよ。
私がタイトルマッチの試合中に乱入したとします。
受け入れられる人と受け入れられない人、両方いるでしょう。
で、この現象を紐解きますと。
私のことを嫌いな人は、相当高い割合で受け入れません。
逆に、私のことを好きな人は受け入れる率が高いと思います。
ただ、その場合でも「好きだけど受け入れられない」人は存在します。
私は、それでいいと思っています。
ただ、プロレスもそうですが、人間の言動なんて善悪がハッキリしたものばかりではないのですよ。
上記は非常に分かりやすい例ですが、時にはどうってことない言動もあったりします。
そういった言動について私のファンは受け入れやすく、私を嫌いな人は受け入れにくい。
それは傾向としてあります。
『私のことを好きな層は何をやっても肯定的に捉える』
とは、そのことを説明した言葉なんですね。
せっかくなんで、その言葉の隠れた意味も述べておきます。
私は、私のことを好きな人には申し訳ないんだけども、「私のことを好きでも嫌いでもない層」をターゲットに試合してるところがあります。
嫌いな層は何やっても嫌うんですよ。
同じように、好きな層は何やっても受け入れてくれる確率が高い。
でも、世の中に多いのは「好きでも嫌いでもない層」なんですね。
あと、キャリアによるふわっとした層もいます。
私はどちらかというと好き嫌いがハッキリ分かれるタイプのプロレスラーです。
本来はね。
でも、キャリアを重ねることで「なんとなく認めてくれる層」もいる気がしてます。
特に好きなわけでもないけど、昔からやってるからまあそういう選手だよねっていう認知の層。
この層も、私はざっくりと「好きでも嫌いでもない層」にまとめています。
ケースにもよりますが、私は基本的にこの「中間層」に向けて試合をしてるって話なんです。
私の思想で言うと。
私のことを嫌いな人の私への評価は、あまり参考にしてません。
理由よりも好き嫌いが先行しているからです。
私のことを好きな人の私への評価も、参考にするという観点でだけ見ると参考にしてません。
ただ、参考とは別に私を好きな人が私の試合見て「明日も頑張ろ」と思ってもらえたなら嬉しいなとは思っています。
活動に当たって、好きな人が支えてくれてる部分が大きいです。
そしてそれがモチベーションになってるってのはあります。それはありがとね。
で、私が一番参考にしてるのが「中間層」なんですよ。
一番多いのが「私のことを知ってる知らないに関わらず『どうでもいい』と思っている層」で、その心をどう動かすか。
そうやって仕事をしている中で、
「好きな人、肯定的に見てくれる人ばっかりに向けてパフォーマンスしないよう気をつけねば」って思っているが故の
『私のことを好きな層は何をやっても肯定的に捉える』
って事なんです。
あと「好きな選手がリング上で起こした事を受け入れられないのはダメな事なんでしょうか?」
に対して。
全然ダメじゃないよ。
それでいいと思う。
相手を変えようとしなければ。
人間の意見って、なかなか変わらない。
今は相手を論破しようとする世の中だけど。
仮に論破しても、相手の意見はなかなか変わらない。
人の意見が変わるのって、自分が変えようと思った時。
他人から言われて変わることってないです。
他人から指摘されて、自分がそうだなって思った時に変わるんですよ。
あるいは、変えた方が得だなと思った時。
だから、受け取った時に何を思ってもいいんだけど、自分の考えとは違った場合にでも相手を変えようとするのは遠回りじゃないかなあって私は思ってます。
逆に言うとね、リング上から発信する側も。
覚悟持ってやってることの方が多い。
自分がそう思うからやってる人、
多くの人に共感してもらいたくてやってる人。
自分の立場を表明しておく必要があるからやってる人。
今は受け入れられなくとも、いずれ受け入れさせてやるって思いながらやってる人。
わざと受け入れられないことをやってる人。
色んな覚悟がリング上にはあるのでね。
それに対する受け止め方は、自由だ。
受け止めた感想を述べるのも自由。
ただ、相手を変えようとするのは違うと私は思っている。
私はね。
ま、それすらも自由なんだけども。
世の中はみんなのもので、でも自分は自分だけのもので。
だから世の中に自分を表現するときに、考え方の違いが生まれるんですね。
世の中は基本的に変わらないです。
自分が変わった結果、気づけば世の中が変わっているのかもしれないですね。
とまあ、質問の答えはこんな感じです。
私の考え方を述べただけなので、これが絶対的な正解だとは思ってないです。
とはいえ私は正解だと思って生きていますけども。
今後変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
そんなもんです。
「あの時なんであんなこと言ったんだろ」
って後から思うこともありますが、人生なんてそんなもんなんでしょうね。
その時はその時なりに一生懸命生きてたので。
では有料部分に入ります。
「私がファン(プロレスファンと私のファンの2つのケース)についてどう思っているか」「ファンに何を望んでいるか」
です。
一般論でもなく、ただの私の意見です。
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