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モラルハラスメントの記憶 vol.5

※夫婦生活についての記事になります。
 直接的表現はありませんが苦手な方は避けてください。



 お願いしていた週末がやってくる。お風呂で体も念入りに確認した。下着も可愛いものを選んで、気持ちもいつでも誘われてもいいようにちゃんと準備している。前はいつしただろう、もうかれこれ十か月は経ったろうか。久しぶりに誘っても無視されなかった。そっけない返事だったけど、聞こえていたようだから、多分大丈夫。しつこくしたらする気が無くなってしまうかもしれないから、あくまでも向こうのタイミングに合わせて。大丈夫、一週間前にちゃんとお願いしたから突然ということもない。
 ……二十二時半。寝る前にきっとするのだろうからまだ時間がある。いつ誘われるのか、そわそわしてしまう。テレビをさっきからずっとかれこれ二時間も見ているけど、疲れるんだったら早めにして、ゆっくりすればいいのにな……子供も起きて来るかもしれないから深く寝ている今のうちと思うのだけど……と私はぼんやり夫とテレビ画面を焦点が合わないまま見ている。
 二十三時半になり、夫が席から立ち上がると私の動悸が速まる。歯磨きをして、スマホを手に取ると夫は歩き出す。

「おやすみ」

 眠そうにしてさっさと寝室に向かう夫に小声でおやすみ、と言うと私の全身の力は抜ける。今日じゃなかった。
 そうだよね、金曜はやっぱり仕事で疲れててそれどころではないから、今日はゆっくり寝て、土曜の夜ってことなんだろうな。今までもそのほうが多かったし。……ただ、一か月前もこれでダメだった。その前も、土曜に子供を叱った夫が不機嫌になって、そのままだったな。

 私って、なんなんだろう。

 結婚する前から、デートの時にそういう場所に行ってもゲームをしたりゆっくりするほうが好きな人で、環境や日によってはしたくないと断られることもあった。月に二~三度のデートで時々そんなこともあるか……と思っていたけれど、食事や何かを見に行くことの方が多かったので、そこまで頻度が多くない中断られることはちょっと不思議だった。一緒に住めばいつでもくっつけるし!と思っていた自分も甘かった。元々彼は淡泊だったのだ。
 私はというとくっつきたがり甘えたがりなところがあり、でもそれは夫にとっては自分への愛情確認が出来るので都合がよかったように思う。寛容にそれを受け容れるように振る舞い、でも自分は表現するのは苦手なので避けていたと今なら分かる。そんな中で夫から時々愛情表現があると、飢えている私は飛びついていた。

 やがて結婚してからは自分が思っていたより求められることは無かった。月に一、二度、私がねえねえ、と言うと応じてくれた。私から見たら嬉しそうに見えたので、誘われることがなくてもそういう関係なんだろうなと、寂しさもあったが現実を受け容れた。楽しかったからとあまり日を開けないで誘ってもそれにはびくともせず、一度したら一定期間は必ず開けるような”システム”になっていた。
 上の子が出来て一年経っても特に夫からはアプローチは無く、私が出来るよ!という感じで再開した夫婦生活だったが出産時に縫った場所がひっかかかって痛い。痛いけれど、拒絶したらもうしないって言われそうで言えなかった。必死に我慢して、なんとか出来たねってことにする。必死だった。
 その後も積極的にはしようとしない夫を誘ったり、二人目が欲しい時には排卵検査薬を提示して「今日はする日ですよ」と依頼していた。理由がある時の方がスムーズに応じてくれた。私はその時期は安心できた。そして二人目を出産してから一年後、レスの悩みは加速する。

 夫の仕事が忙しいのもあり、誘うにもものすごい勇気が必要になった。毎日「疲れた」しか言わない夫にお願いするのはとても気が引けた。夫は全然必要としていないからだ。私自身は愛情表現として必要としていたのもあり、心から欲していたが、性欲の発散としてしか捉えていない夫としては私がお願いしたら呆れるのは目に見えていた。
 そこで、夫の機嫌がよさそうな日に一週間程度前に予めお願いして、その週の金・土にしてもらえないかな……と期待して待つのが私のルーティーンになった。お願いするのもすごい勇気が要るし、準備して待つ時もドキドキする、そして結局無かった時は布団で泣いた。行為が無かったことが悲しいのではなく、その後いつなら出来るとか、謝るとか、そういう私を気遣う態度が無かったことに傷ついていた。でも、疲れている中お願いする私が悪いのだと自分を責めた。

 レスはとうとう半年に及ぶこともあった。そして半年に一度あったとしても、長期休みかつ、子供が騒がなかった日、夫が疲れてない日、私が生理でない日、のような複雑な条件をクリアしないと成立しなかった。久しぶりにあったとしても、同じ流れ、そして特に会話が最中にあるわけでもなく、私をかろうじて「した」という事実が慰めた。そこで女性であることを確認していた。

 日常でモラルハラスメントを受けていても夫を罵倒出来なかったのは、責め立てると私は彼にとって可愛くない女になって、二度と夫婦生活をしてもらえなくなるという恐怖もあった。ずっとそれで夫のご機嫌を取っていたところがあったが、一週間無視をされたある日、ぷつんとどうでもよくなった。そこから私は彼の好きだった長い髪をバッサリ切り、ショートにした。
 もう二度と関係を持つことも無いと割り切ると不思議とすっきりした。怖くなくなり、夫にも毅然とした態度が取れる様になったが、悲しくもなった。結婚している以上、もう私には肌を重ねて愛情を語らうあの瞬間は来ないんだなと思った。それが私が夫に大失恋した瞬間だったと思う。


 レスをするというモラルハラスメントがあるということを知って欲しくて、記事を書きましたが逆に合意無き行為に苦しむ方もいると思います。どちらにしても、その認識の違いに気付いた時に夫婦で、カップルで話し合えないことが問題だと思っています。センシティブな話題ですが、それを夫婦だからこそ話せないで、誰と話すの……って思います。
 辛い思いをしている方が少しでも楽になりますように。
 あなただけではないです。と、言いたいです。


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