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色々失っていく

車に乗るとき、靴にくっついた泥を注意深く落とさなくてはいけない。
仕事からの帰り道、あまりの雨の強さに視界が真っ白になって、思わず車を路肩に停めるのだけれど、ブレーキをかけた瞬間一瞬タイヤが水でふわりと浮くのを感じる。
大きなパイプオルガンの低音が聞こえるような豪壮な積乱雲が城壁のように幾重にも盛り上がる。
そんな高層まで成長した積乱雲がレフ板の役目をして、夕暮れの薄暮の時間なのに東から夜明けのような白い光が射してあたりが不思議な明るさと暗さのコントラストの中にある。
深夜、屋根にパチンコ玉を一気に無数に落としたような、金属的な激しい雨音で目が覚める。

どれも、雨季の楽しみですが、この数年来、味わっていません。
日本や中国の温帯らしからぬ、洪水や台風を見るにつけ、あれは本当はタイに降る雨だったのではないか。こちらだったらあのような惨事を水も起こせなかったろう。と奇妙なことを思いつつ、見上げるこちらの空は雨季にしては雨が少ないためかどこか濁りがあり、風は妙に静かで、積乱雲もかつてほど高く湧き上がりません。
温帯で大気は暴れているけれど、こちらではそれは衰退しつつあるように感じられ、花や鳥たちの色や繁殖のサイクルにも少しぶれを感じずにはおれません。

ウィルスの嵐によって、人が来なくなった海や森にイルカやジュゴン、絶滅危惧種のシカが戻ってきたというニュースが、かすかな希望を感じさせてもくれますが、ここしばらくの雨季のそこはかとない弱々しさに、なにか大きな喪失感が浸されながら、これをまだ回復できるのだろうか、と毎日空を見上げるこの頃です。

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