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昨年度、10回にわたってデーリー東北の「ふみづくえ」に投稿した編集長のエッセイを紹介します。


秋の深まりとともに朝晩の冷え込みが厳しさを増してきた。紅葉スポットは色鮮やかに染まり、自然が織りなす艶やかな表情が見る人の目を楽しませている。国道281号沿いを流れる久慈渓流は「日本紅葉の名所100選」に選定される景勝地で、切り立った断崖と錦色に染まった山々とのコントラストに思わず足を止めカメラを向けたくなる。

食欲、読書、スポーツなど秋の代名詞は様々あるが、大規模な展覧会や地域の文化祭が集中する秋ならではの芸術に関する話題を紹介したい。

2010年に廃校を活用した美術館「あーとびる麦生(むぎょう)」がオープンするまで久慈地域にはアート展示の拠点施設が存在しなかった。本物のアート体験に恵まれない子どもたちは、自由な表現や豊かな感性が養われる機会に乏しく、都会の子どもたちに比べ文化的な格差があった。そのような状況を改善しようと、あーとびる麦生の開館前年となる2009年、「スクールギャラリーツアー」というプロジェクトが立ち上がった。

久慈青年会議所が主催するこのプロジェクトは、別名「小学校巡回美術館」と銘打たれ、久慈市内の小学生に本物のアートと間近でふれあえる機会を提供しようと発足。小学校を美術館に見立て、岩手県内の作家から寄せられた作品たちを校内のあちこちに展示するプロジェクトだった。作品は半年から1年ほど展示した後、次の学校へ引っ越し。久慈市内全ての小学校を巡回展示する壮大な計画となった。それぞれの学校で目の前の作品に感動し目をキラキラさせる子どもたちの姿を見たいと、長年このプロジェクトを取材してきた。

校内に展示される作品は風景画や抽象画などの絵画に加え、染織や造形など多岐にわたる。プロジェクトの監修は久慈市在住の芸術家で長年にわたり地域の文化振興に尽力してきた熊谷行子さん。周りからは「クマさん」の愛称で親しまれている。

展示作業は春休みや夏休みを利用して行われるため、休み明け最初の登校日には子どもたちの歓声が響いていた。作品は光の当たり方や見る人の気分で印象がガラッと変わるらしい。本物とふれあった子どもたちが「きれいだな」とか「不思議だな」と感じ、それが感性の刺激につながることにプロジェクトの大きな意味があるのだと思う。

2009年に久慈湊小でスタートしたプロジェクトは、約10年の歳月を経て山形小で幕を下ろした。巡回した小学校は15校にわたり、延べ2千人を超える児童に本物のアート体験を提供する取り組みとなった。このプロジェクトの立ち上げが「あーとびる麦生」開館の足掛かりになったのは言うまでもない。

この秋、プロジェクトの完遂を記念した「閉校記念誌」が刊行された。記念誌は久慈市内の小学校を始め久慈市立図書館や作品を提供した芸術家に贈られプロジェクトの集大成を飾ることになった。誌面にはプロジェクトの歴史や当時の新聞記事の他、自由な感性でワークショップに望む子どもたちの姿が写し出されている。

一つの事を根気強く続けるには熱意を持続させる必要がある。約10年にわたり熱意を持ってプロジェクトを推進してきた関係者の皆様に敬意を表したいと思う。(2021年10月27日掲載)

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