見出し画像

本気を出せば何者にでもなれる?「憧れるのはやめよう」

若い頃は、実力を過信し、本気で頑張ればなんでもできると思っていた。
何者にでもなれる、と思っていた。
思い通りにできないのは、自分が本気を出していないだけ。今の環境が本気を出させてくれないだけ、と。
この、根拠のない自信はどこから湧いてたんだろう。年をとった今では不思議に思う。
過去に行ってあの頃の自分に会えるなら殴ってやりたい……が、たぶん殴り返されると思う。あの頃の自分は夢想家だったので、「未来の私がアドバイスしてやる!」と言っても、「うるせぇ、嘘つくなこのクソハゲ詐欺師が!」と、『未来から過去の自分に説教しに行ったら毎回自分に殺される件』というラノベみたいなタイトル結果になるのがオチだ。そして無限ループ。

そのアホで夢想家だった私は、何かを成し遂げれる人間になれると本気で思い込み、実力を発揮できないのを環境のせいにして海外へ移住したが、実際に行ってみると、自分がいかに凡人で、取るに足らない人間であるか思い知らされた。
まさに井の中の蛙……というより「およげ!たいやきくん」に近いのかも。

自分は昔、この「およげ!たいやきくん」を聴いて、たいやきを馬鹿にしていた。たい焼き風情がなに夢見てんねん! と。周囲がその歌の切なさに涙する中、両手両足を叩いて爆笑していたのだが、まさか自分がそのたい焼きだったとは。

確固とした目標や夢、大望もなく、忍耐も努力もない凡人はどこに行っても無理。もちろん多少の環境は影響するだろうが、結局は本人次第。
というのが、当時はわからなかった。というより、アホだからわからなくて当然で、アホだから海外に逃げたのさ、で、現実を突きつけられた。おっさんに食われる前に逃げて帰ってこれたけど。

努力人に紛れて同じステージに立つと、次第に自分が社会の中でどのステータスまでしか上がらない人物(キャラクター)なのかを実感するときがやってくる。自分を客観視できるようになる。

憧れていたあの地位には一生、辿り着けない。
攻略本のキャラクター集を開いたら、自分は主人公ではなく、モブだった。それどころか雑魚モンスターだったんだ……と。

というわけで、今後はモブ(雑魚モンスター)としての役割を担おう。
そう考えて生きるようになってからは、気持ちが楽になった。
人を羨んだり、憧れたりすることも無くなった。
自己紹介のときにも引用したけど、まさにこれ。

「憧れは、理解から最も遠い感情だよ」

「BLEACH」

「憧れるのはやめましょう」ね。
憧れてたら、本当の姿が見えなくなる。

それが、過去に殺されない、未来(自分)のためにできること笑。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?