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私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない』11

「あわわわわわ……ちょっ……ちょっ……まっ、ち、違う! 違う!」
「Asshole you suckだと!? 名前をきいただけの相手になんだテメェ! ファックユー!」

 声を荒げる神に優作は慌てた。

「そ、そうじゃなくて、私の名前です。名前があそうゆうさくなんです! あそう・ゆうさく!」
「また言いやがったな! このジャップハゲ!」 
「うわぁああ! 違う違う! だから、姓があそうで、名前がゆうさくなのっ!」
「……ウ…プププ」

 ラクダまつ毛の神は、その長いまつ毛に涙を浮かべ、笑いを堪えきれずに優作の肩をバンバンと叩いた。

「いやいや、分かっています。冗談ですって、マイケルじょおだ~ん!」
「……は?」
「私、日本語わかりますから。確かに、アメリカ人なら侮辱されたと勘違いし、銃でもぶっ放したかもしれませんけどね。まぁ、その名前じゃぁ、たしかに言いたくないですね……Ass Hole you suck さんって。まぁでも、竹下さんよりはマシ……でしょ? TAKESHITさん、いひっ! いひひひひひっ! ひゃぁははは!」

 腹を抱えて腰をくの字に曲げて笑い転げる神を見て、優作はイラッとした。

(このおっさん、今すっげぇ殴りてぇ)

「ぎゃはははは! あそうゆさくさんとたけしたさん~!」

 神はとうとうその場に寝転んで両手両足をばたつかせ、殺虫剤を浴びた虫の様になった。

(まじで殴っていいかな、こいつ)

 こういう人をバカにした笑いが本当にムカつく。
 この馬鹿げた品のない笑い方。体全体を振り回しながら笑う大人なんて日本ではみたことがない。芸人ぐらいだろう。ガキのアメリカ人め。優作は、悶えた虫になっている神を睨みつけた。

「いやぁ、普段の腹筋トレーニングより腹筋が鍛えられました。笑うっていいですね。あなたも笑った方がいいですよ。そんなむっつり顔じゃあ幸も逃げていきますよ」

 今、お前を思い切り殴れたら笑顔になれるんだがな……と、優作は内心呟いた。

「しかし、その名前じゃぁいろいろと大変でしょう。日本人は、英語のミドルネームが無いですしね。でも、先住の日本人は発音しにくい名前の場合、入国の際、外国名を付けてもらっていたそうですよ? 今ではそれが無いので勝手につけてる人も多いようですよ。あそうさん」

 神は優作の名前を言うと「ふひっ」と笑った。
 優作はまた、イラっとした。

「あそうサンは自分でつけた英語名はないんですか?」

 優作は心の中に溜め込んだ嫌な気分を忘れることにして気持ちを切り替えた。このイラつきを表面に出さずに相手に合わせられるのが優作の特技だ。
 日本で働いていた頃は、上司に対してしょっちゅうこの技を使っていた。表で笑顔、内心で唾吐き。この特技はマスターレベルに達している。

「ミドルネームはとくに考えてません。会社の人はもう慣れてるし、困るのはスターバックスでコーヒーを注文する時くらいですね。以前、店員のバリスタに熱いコーヒーを顔にかけられるという、酷い目にあいましたから」
「でしょうね」

 神は肘を立て、拳を顎に置いて俯いた。
 その姿があまりにも銅像の『考える人』に酷似していたため、優作はおもわず見とれてしまった。

「では、私がなにかしっくりくる英語名を付けてあげましょう」
「え?」

 優作は無意識に嫌な顔をつくっていた。

「べ、別にいいですよ。もう名前なんて滅多に呼ばれないですし」
「遠慮しないでください」
「い、いや……」

(遠慮などしとらんわ!)

 アメリカ人はどうしてこう、空気を読んでくれないんだろう。相手がいやがっているのを表情で読み取ってくれない。いつも自分勝手に物事を進めて勝手に納得し、自分はこんなに良いことをした、と言わんばかりにドヤ顔で胸を張るあの無神経さ。これぞアメリカ人。ザ・自己中。

「そうですねぇ~。優作、だから」

 ほら、もう人の気も知らないで自分で勝手に進めてやがる。どうせ、ユウとか気弱そうな女みたいな名前を言ってくるんだろ。

「えっと、女性の場合、ケイコならケイティー、のり子だとノラ。エミはエイミーだし、ようこだとオノヨーコが有名だからそのまま使えます。ナオミもそうですね」

 はいはい。だから俺の場合はユウだろ。優作はそう思っていた。ってか、なんでさっきから例が女性の名前ばっかりなんだよ。 

「だから、優作サンの場合は………………ボブですね!」
「なんでだよーーッ!?」

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