私小説のようなエッセイのような限りなく実話に近い小説『麻生優作はアメリカで名前を呼ばれたくない』6
女性の手には金色のボタンが乗っていた。
優作が通っていた高校の制服の第二ボタンだった。誰も貰ってくれなかったのでしかたなく自分で大事に持っていたやつだった。知らぬ間にアメリカに持って来ていたらしい。
学生時代、花々しい出来事は何一つなかった。小中高と親友と呼べる者もおらず、恋人などいたこともなかった。優作は寂しい学生時代を思い出して目頭を指で押さえた。
「are you OK? How much is this?」
老女の声が、優作の辛い過去の映像をかき消す。
「あっ……えっと、すいません、How about one dollar?(1ドルでどうですか?)」
優作はふっかけてやった。
大体、ヤードセールに来る奴らはもとより値段交渉を前提として来る。だから最初はわざと高く言う。
俺の第二ボタンに一ドル(130円)も出すお人好しはいない。本当ならタダでやってもいい価値のないものだ。
「Oh, cheep! are you sure?(あら、やすいわね。本当にそれでいいの?)」
「え……?」
お年寄りはにっこり微笑んで優作の手に1ドルを手渡した。
「お、俺の第二ボタンが……! 一ドルで売れたっ……すごい!」
優作は後で知ったが、日本で作られたボタンは精巧で美しく人気があるらしい。こんなことなら家からボタン全部持ってくりゃ良かったと後悔した。
その後、優作の持ち物は次々と売れていった。
一番懸念していた大型のベッドやテレビ、ソファも思ったより高く売れた。
残りはなんの価値にもならないようなものばかりだが、アメリカ人の思考は日本人のそれとは違うようで、人の履いた黄ばんだパンツでさえ買って行った。
日本でも女子学生の使い古したパンツは高額で売れるが、それはまた別の付加価値がある。
彼らは本当に気にしていないのだ。まだ履けるなら履く、という考えなのだろう。
この精神は見習うべきだと優作は思う。しかし、まだそこまで落ちたくはないとも思う。
他人の履き古した穴あきパンツを履くくらいなら、借金しておニューのパンツを履きたい。
「アナーキーインザパンツーー!」
優作は意味不明に叫んだ。
気づけばもう、お昼が過ぎていた。
電化製品や家具は完売。残っているのはほとんど使い古した衣類だった。
ヤードセールは午前中がピークで、午後を過ぎると客足はめっきり遠のく。もうたたもうかとも思ったが、もう少し続ける気になった。
どうせこの後も何も用事はないのだ。ここで座っているのも、部屋で座っているのも変わりはない。
優作は家の前を行き交う車をひたすら眺めた。
明日にはこの家を出なければならない。そう考えると気が滅入った。
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