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小説「物理は苦手だったけど、少しだけ引力の話をしないか」 #2

「わかる!いいよね!ラスカル!」
秒で既読がつき、そんな返信がきた。

えらく可愛らしい略称だ。まだ残っていた公式ホームページのbiographyを押した時に表示された、俯き加減の若(いんだかそうでもないんだか、明度が意図的に低いので分からな)い男性と思しき3人組の写真との間に多少なりとも乖離は感じるけども。

織ちゃんはほんと、こういうのに詳しい。
音楽好き家庭に生まれたとか、楽器やってたとかって訳でもないのに良質な楽曲をたくさん知っている人間というのは、すなわちセンスの塊だというのが私の持論だ。
だって自分でディグるしかそういうのに触れる手段がほぼない。
彼女は生粋の体育会系で、中高大と剣道部一本で通してきている。そして今に至るまで、私よりもずっと貪欲に音楽情報を仕入れ続けてきている。
最近はソーシャルディスタンズというバンドにはまっている、とついこの間も言っていた。メンバー同士の微妙な距離感が魅力だ、とも。
「ソーディスはライブやらない主義だからファン仲間ネットで探すしかないんだけど、あんまり群れないタイプの人多いからちょっとだけ寂しいんだよね」とぼやいていた。
「それはそれでカッコいいと思う」と返したらそ〜お?と書かれた嬉しそうなキャラクター(たぶんどこかのバンドのマスコットだろう)のスタンプをよこしてきた。

「でも意外だね、ユノちゃんバンドやってたくらいだから余裕で知ってると思ってたわ」
言葉に詰まる。いや、面と向かって話してる訳ではないし、文章に詰まるというのか。
ラストオーダーカルーアを今までなるたけ避けて通ってきた諸事情を説明すると長くなってしまうので、ここは本当に知らなかった体で行こう。

「私、織ちゃんより若いからさぁ」
「2歳しか違わないし!でもあれだね、解散してもうだいぶ経つもんね」

織ちゃんとは、元々は昔のバイト先のファミレスで知り合った。いつも小さな体躯からは想像もつかないほどの爆音で「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」を繰り出していた。最初からとても親切な人だったが、慣れないうちは隣でその声を聞くたびにおどおどしてしまい、その真夏の太陽のような光のオーラを少しだけ心理的に敬遠していた。
上がりが被った時に、帰り道で彼女がふと取り出したスマホの待ち受け画面がかなりマニアックなテクノグループだった。
さっきの略称の話といい、決めつけは実に良くないのだが、いわゆる陽属性の人が聴く音楽にしては後ろ向きのような感じがして、なんだか気になった。
それで思い切って話を振ったのがきっかけで、2人ともバイトを卒業して何年も経った今でもこうして時々連絡を取り合っている。最初は堅苦しかった会話も、年月を重ねてみるとずいぶん軽やかになるものだ。音楽の趣味嗜好の方向性が似た人を実生活で探すのは、簡単そうで意外と難しい。こういう何気ない音楽談義だって、決して当たり前にできることではないんだよなぁと思う。あの時小さな偶然と、小さな一歩の勇気が無ければ、この出会いも無かったんだ。