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小説「ジョンキル」#3

車から降りて、「お店の中では絶対に暴れないでよ、まぁあんたに限って無いとは思うけど」と釘を刺しながら、母は夢への入り口のような重たいアンティークの扉をそろりと開ける。

言葉通りいつも大人しかった私だが、この時ばかりは事前の忠告がありがたかったと感じた。行ったことなどあるはずもないが、ロココ朝時代のフランスのお菓子屋はこんな感じだったのだろうかと思わせる、狭いながらも華やかで止まった時計細工のような厳かささえ覚える店内世界。 

甘やかな装飾に縁取られた棚に並んでいるのはマカロンでもショコラでも、もちろん金平糖でもない。色とりどりのリボン、繊細な柄のレースやチロリアンテープ、いかにも舶来風のエキゾチックな布地や糸、どこか懐かしいボタンたち。古そうなシャンデリアの優しい光をいくつものカット面に乱反射させて、ここにいますのよ、と叫ばんばかりにさんざめく無数のガラスビーズたち。そんなおしゃべりな銀河の中に、母と2人、呼吸さえもひと時忘れて取り残された。

こんなところにヨーロッパの領土が存在していたのだ。澄ました顔をして。大人たちの重要機密を知ってしまったような浮かれた気分で、パスポートすらまだ持たない幼い私は意味ありげに頷いた。