まだ小林さんだった人との遭遇

まだ事務所が東中野にあった頃。多分86年、一本の電話がかかってきた。
「あのうぼく小林と言います。えーと、ブッチャーブラザーズさんに出演をお願いしたいんですけどぉ……。」
小林?誰だ?丁寧な口調だ。
どういった内容でしょう?
「自分、バンドやっているんですけど、今度新宿ロフトで2バンド出るライブやりまして、その入れ替えの時に芸人さんにネタをやってもらいたくて…。」
はあ…。
「2日間やるんですけど、その2日目に出ていただきたいんです。」
バンドライブとかは自分も嫌いではないが、ブッチャーブラザーズをなんだかわけわからないものに出すわけにはいかない。
こういった場合、他の出演者とか声をかけている人間を聞いて、芸人がどんなランクだと思っているかを判断してみる。
で、聞いてみた。
もう1日出る人は決まってるますか?
「は、はい。いとうせいこうさんが決まっています。」
え!? いとう君出るの? ありゃ? センスあるじゃないかいさ。
なんというバンドなんですか?
「あ、ぼく、有頂天というバンドやってます。」
有頂天だあ!?
ということは、あなたケラさん?
本名で連絡してきたのか。
「あ、そうなんです。ご存知でしたかあ。それでもう1組は、ばちかぶりです。」
ば、ばちかぶり!
どちらも今話題になっているバンド。
いい、いい、とみんな言うとる!
有頂天のケラは、のちの岸田國士戯曲賞、鶴屋南北戯曲賞、読売演劇大賞、紫綬褒章(笑)のケラリーノサンドロビッチ。
ばちかぶりのヴォーカルは田口トモロヲなんよ。
「ぼくぅ、お笑い大好きなんでブッチャーブラザーズさんに是非出ていただきたくて。」
はやる気持ちを抑えて。
いいっすよお。大丈夫っす。
お笑い好きなんか。
決まった。
ブッチャーブラザーズに連絡した。
ブッチャーさんは「へー。」という反応。
リッキーは「すごいじゃん!」という反応。
せっかくなんで前日のいとうせいこうの出る日を観せていただいた。
有頂天のライブは、よく「シアトリカル」なんて評価されていたが、ケラの作り出す世界観が面白くてかわいくて、こりゃあ女子に人気出そうだなあといったカンジ。ばちかぶりはとにかくエネルギーか凄かった。田口くんの目が寄って歌舞伎みたいだった。
そしてなんと、いとう君は竹中直人とコンビで出ていやがった!
ずるいよずるい。
いとうせいこう十八番のドップラー効果シリーズとかはやらず、竹中メインのキャラクター爆発ネタとかパロディ主体のネタをやっていた。
だだね、客はポカーンとしていた人も多かったような気がする。
次の日ブッチャーブラザーズの出番。
とんがった若者(懐かしいなあこのフレーズ)の反応をドキドキして観ていた。
こういった時ふたりがやるのはベタ中のベタのネタだしなあ…。最先端の笑いじゃないしなあ…。
心配は杞憂となった。
変なCMシリーズ。
息の合ったふたりツッコミで大爆笑をとっている。
その後もベタ中のベタで大爆笑だった。
「笑い」。
恐れることはない。
ジャンルも空気もない。
その時面白いものは面白いんだ、と思った日だった。
その後、自分の企画した「東京バビロン寄席」に、ケラさん主宰の劇団健康から何人も出演をお願いすることになった。
なんだか楽しい時代だったなあ。

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