澤田隆治さんの個人的な記憶 そのし
曖昧になっていく記憶をたよりに極私的な歴史を
そう。「横浜にぎわい座」での出張ライブ企画の制作費だ。
というか芸人への出演料をどうするか?という問題でもある。
なにしろ交通費もかかるしね。
それに持っていくライブも何年も赤字を抱えながら制作し、ようやくそのライブがブランドとして認められ始めてきたところだ。タダってわけにもいかんでしょ。
リッキーにも関口さんにもそれとなく聞いてみたが、
「お任せします。」と。
いい人たち。
澤田さんにもぶっちゃけ聞いてみた。
入場料は「にぎわい座」に入る。今回の制作費はそれとは関係なく澤田さん個人が出すとのことだった。
個人で?
お金持ちだとは思っていたのだが、あまり無理言うのも憚られるよねえ。
なんとなくの金額を聞いたのだが、それもはっきりしないままだった。
持ち帰って玉川社長と話してみようと思った。
事務所へ帰ると、社長が先に聞いてきた。
「おい、やっぱさ、ひと組○万円くらいもらわないとダメだよなあ。」
「あ、いや、それとなく聞いてみたんですが……、澤田さん個人で出すので、そんなん無理みたいな話です。」
「バカヤロウ! 当たり前だろっ! こーゆーのはお金の問題じゃあないんだよお。協力しなきゃさ。」
「…………………………………………。」
いやいやいやいや、ちょっとちょっとお。
話の流れどうなっとんじゃい!
こんなことはよくあったんだよ。
玉川社長は言うことがコロコロ変わった事が多かった。
最初にありゃりゃと思ったのは入社1ヶ月目。
わりと好きにしていいよ、と言われていたし、土日は比較的多く休みにしていたのね。
だがある木曜日。旧にデスクの今野さんから、
「今度の土曜日よお。おめえミュージカルぼーいずさんの現場行ってくれや。振り込みじゃなくてトッパライ(ギャラの当日払い)になったんだてば。」
と言われた。
あさってじゃん!
「いや、ダメっす。同級生の結婚式で大阪行く予定なんですわ。」
嘘だった。本当の予定は友人たちと宝塚を観に行くのだった。宝塚大劇場。本拠地。宝塚市の。急に予定は変えられないよ。
でもなんで嘘ついたのだろう? 自分でも不思議だった。
その当時は自分は宝塚歌劇に夢中だった。
友人の影響でひと公演10回は観に行っていた。友人の付き合いで「入り待ち」「出待ち」までやっていた。
「宝塚おとめ」というタカラジェンヌのカタログ本はほとんど暗記していた。
あの方の趣味はピエロのグッズ集めかあ。
あの方の趣味は洋酒の小瓶集めかあ。お酒が好きなのね。あの方の芸名は万葉集からかあ。なんて情報が頭に入っていた。
友人から「歩く『宝塚おとめ』なんて言われてもいた。
「フジテレビ行ってきまあす。」なんて嘘ついて午後5時からの公演も観にいってたりした。舞台の休憩時間に、
「まだかかるんで今日は直帰でえす。」なんて電話を入れていた。後ろで会場アナウンスの声が聞こえてきて慌てて手で押さえたりした。
今回は知り合いの、今では巨匠になっている元慶応大学ミュージカル研究会出身で早稲田大学ミュージカル研究会部長だったうちのアニキの知り合いの小池修一郎氏に別口からチケットを頼んでいて一番前列の席が取れていた公演だったのだ。
前乗りして宝塚ホテルに泊まって、しかも、なんと、小池氏が雪組の組子さん連れて行くから宴会しようという予定だったのだ。
「なんだオメ、行けねえってのか!?」と社長。
「すいません。決まった予定なんで。」
麻美れいさんが間近で観れるんだよお。いい席なんだよお。前日宴会なんだよお。
「言うこと聞けないんならクビだな。」
クビ!?
そうかクビかあしかたないなあそれが運命だよなあミュージカルぼーいずさんより宝塚だよなあ。
と思った。
次の日。金曜日午前中。デスクの中の私物を片付けていたら社長が出社してきた。
辞める挨拶をしようとしたら、
「明日いかなくていいからね。」
ニコニコニコニコしている。
「え、あの、ク、」
ビの件は?とは聞けなかった。
「お前昨日『(当時の番組)』観た? あんなのやって大丈夫なのか? ◯◯テレビどうなってるんだ? 今日は朝メシ食ってないから出前取るぞ。蕎麦頼むからお前納豆買ってきて。」
何事もなかったようだった。
この一件から社長の発言は一旦引いて考えるようになった。
コロコロ変わるんだもん。
お金にはシビアな人なのだが急に鷹揚になる時もあった。あることで一千万円の赤字を作った社員に全然怒らなかった。
絶対に失敗すると分かっていても投資してみたり。
だから自分だけは必ず反対意見を言おうと思った。自分の真意はともかく、暴走してしまう前にいったん対論を言って考えさせようとした。
これは社長も亡くなる前まで理解していてそのフォーメーションをとってくれていたと思うのだ。
また話がそれた。
とにかく「にぎわい座」の予算は少なかった。そりゃそうだ。澤田さんのポケットマネーだったんだもん。
そんなこんなで澤田さんと打ち合わせをしているうちに気になる話も聞いた。
いわく、横浜の、「にぎわい座」の近くにあるイベント会社が警戒しているというのだ。協力するどころか拒否の姿勢をとっているみたいだと。
知っている会社だった。ミュージカルぼーいすさんとか、サムライ日本さんとかに営業仕事をくれていた。
え? 縄張りを侵されるみたいに思っているってこと?
おいおい、若手のライブだよ。あんたら若手に仕事くれないじゃんかよお。
と思ったのだが。
邪魔まではしないけど協力はしないと暗に伝えられたらしい。
「にぎわい座」の職員との温度差も含めて、こりゃあ四面楚歌じゃん。
つづく
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