ある新入社員

名前はNとする。何年だったかも忘れたのだが、ある日社員募集という情報を知ってある男が会社に来た。
社長面接を側で聞いていたが、真面目そうだが暗い雰囲気で喋りも訥々としていて、なんかなあ、コミュニケーション能力が低そうな雰囲気。
社長は採用するつもりだという。
いやいや、続きませんよお。暗いですよ。
「でもな、広島大学出てんだぞ、あいつはよ。」
学歴関係ないって、社長言ってたじゃないですかあ。それに暗くないっすか?
「人間変わるもんだぞ。」
そりゃそうだけどさあ…。
と、あっさり入社させてしまった。
新人教育って誰がします?
「別にやんなくていいだっろ。好きにやらせてやれ。」
で、それでも今野さんがいろいろレクチャーしたらしい。
とにかく真面目。朝出社しては掃除やら全タレントのプロフィールをクリアファイルに入れて1冊にしたりして細かいことをしている。
現場に連れて行って仕事を見させてやれとのことであちこち連れて行っても全然喋らないし。細目で無表情小太り。一番怖い。
言えばやるのだが気遣い下手。一緒にいても楽しくない。何を考えているかわからない。が、やる気はあると言っている。人を容姿で判断しちゃあいかん。また緊張してるだけかも知れないし。

暫くしたらなんだかひとりであちこち周ることになったらしい。
自分が担当しているわけではないのでその辺の経緯は知らないのだが、今野さんが愚痴を垂れはじめたらしい。
「朝来てプロフィール作ってよ、それ、いろんなところに配りに行きますなんて言うんだよお。」
ふむふむ。それで?
「んなもん、午前中なんて行っても人いねえだろうよお。」
だよね。この業界、午前中なんか出社している奴は少ないですよねえ。
「だろ? でも言っても聞かねえんだよお。」
あれま、そうなんですかあ?
暫くしてからあちらこちらから電話をいただくようになった。
「オタクの誰がウチにプロフィール置いていったの?」
え?
あ。あいつか。
「会社のコが1人だけだったからさ、なんかちょっと怖いなんつってさ。午前中来てもらっても無駄足ふませちゃうから、今度から午後に来てよ」
どうもすいませんでしたあ。
他にも何人かから同じような話を聞いた。
なんだか恥ずかしかったな。

ある日事務所に電話があった。タレントになりたいと。イラン人だと。
断ろうと思ったが、隣で社長が
「会うだけあってやりなさい。」
近所の喫茶店イソップで会うことにした。
ザ・イラン人だった。流暢な日本語。ペルシャ絨毯の輸入商をやっていると。40歳オーバー。ちゃんとしている奴じゃんか。
いろんな話をした。豚肉も食べるという。酒も。イスラム教だが全然自由にやっているという。
あんなもん子供の躾みたいなもんすよ。大昔に臭いも確認しないで腐った豚肉食べて腹壊して、注意したのにまた食べて壊す奴らが多かったから書いただけっすよ。酒も飲み過ぎる人が多くて始末におえなかっただけでしょ。
ふむふむ。面白いなあ。
でも、うちはお笑い事務所だからネタできない人の所属は難しいと思うよ。
と言って別れて事務所に戻る。すると、プロフィールを見ながら社長が、
「おい、こいつをNにあずけてみようか。」
と言い出した。
所属させるんすか?
「いやあ、とりあえず面白くなりそうだからさ」
なにそれ?化学反応みたいなものを期待したのかな?マイナスかけるマイナスは…的な?
そんなことは数日もしたらすっかり忘れていた。なにしろこちとら忙しかったんじゃい。

さらに数日たったある日。事務所に電話が入る。豊島区の警察から。
「Nさんという方はそちらの社員さんですか?」
そうですがと答える。
「おっかしいなあ。稲毛屋さんの社員の方が車上荒らしにあわれて、車には稲毛屋の名前があるんでふが、中からおたくの名刺とかタレントさんの写真とかが大量にあって。Nさんは稲毛屋の社員だと言ってるんですが?」
どゆこと?
「手続き上はっきりさせないと。」
二重社員?
別に重大な法律違反じゃないけどさ、片手間にやられたんじゃあたまったもんじゃないよ。
社長が呼び出しては 話を聞いたという。
朝稲毛屋に出社。外回りをすると言って人力舎へ。プロフィールを使って外回り。夕方稲毛屋帰社。帰るといって人力舎へ。
だから散々ダメと言われていたのに午前中に外回りやっていたのか。
やるなあ。
結局Nには辞めてもらうことになった。半年もしなかったと思う。

社長に聞く。
そういえばあのイラン人ってどうなりました?
「なんかよお、あちこち連れて歩いたんだと。そしたらなんかさ、研ナオコさんがえらく気に入ってな、今は研さんの付き人になったみたい。」
知らないところで確かに化学反応はあったのだなあ。
あいつ今何してるんだろうか?

いや、知りたくない。

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