Uという女

その女とはシティボーイズがやった池袋PARCOのイベントで知り合った。仮にUとしておく。西武グループ系のイベント会社に勤めていた。
PARCO…、田舎者である自分にとっては完全にオシャレに響く魔法の言葉。
そのUは尋常ではない熱量でイベントを成功させようとしていた。台本があがってくるといちいち足を運んできて確認してくれといってくる。やたらリスペクト感強い。
実はわたし大ファンなんですよお。
と言ってくる。何故シティボーイズなのか?という企画書めいたものを見せられた。やたら長文。お、重い。
とにかくイベント自体は無事終了。
次のイベントも考えているので一杯飲みませんか?
と言ってきたので付き合ってみた。ギャラの支払いもちゃんとしていたのでこことはまた仕事したいと思っていた。
いろいろ話をした。音楽にも詳しくて話は弾んだね。なにしろこっちをやたら立ててくるのね。おだてに極度に弱い自分。酒も進むよね。
いろいろ話しているうちに、そろそろそのイベント会社を辞めようかとおもっていると言ってきた。
へえ、そうなんだ。
すると人力舎はどんな会社か聞いてくる。
奢ってもらうつもりだったのでこちらもペラペラ多少盛りながら、けっこう自由にやらせてもらってまあす。などと話してみた。
この日はこれで終わったのだが、数ヶ月後電話があり、会いたいとのこと。
またオシャレなイベントかしら?なんて思っていたら、なんと会社を辞めたとのかと。
んでもって人力舎に入れてくれ、ときた。
一存じゃきめられませぬ、持って帰って社長に聞かなくては、と返事。
で、社長面接。シティボーイズに対しての熱いレポートも持参してきた。
「おめえ、どう思うの?」と社長。
女性がやや苦手な社長としてはあまり印象は良くなかったらしいが、自分はやったイベントの説明をしてシティボーイズのファンで一生懸命やるタイプじゃね?ってなことを言って援護射撃してやった。
「おめえが言うなら雇うかあ…。」
で、採用。
で、仕事はじめとしてのルーティンは、いろんなところに連れ回して仕事を覚えさせること。が、どうにもレギュラー仕事先の印象がイマイチよろしくない。
ちょいと暗い印象なんだと。
そりゃわかっていたがね。
とにかく痩せている。細面。カイジの登場人物、もしくはHUNTER✖︎HUNTERの幻影旅団の女に似ている。髪は真ん中分けのストレート。モノトーン以外の服は着ない。口がややへの字。笑うと印象変わってチャーミングになるけどね。
で、とにかく酒が好き。誘ったら絶対拒まない。よく一緒に中野坂上の居酒屋に行った。オレ、寂しがり屋さんだからね。事務所が中野坂上にあった時代。
ツマミの癖が凄かった。珍味しか口に入れない。塩辛、コノワタ、ナマコ、エトセトラ。秋刀魚を頼んだら身の部分は俺にまかせてハラワタだけを食べる。
聞けばほとんど炭水化物は食べない。酒のツマミだけで生きているらしい。
たこ八郎かよ!とつっこんでみたくなった。
ある日出社したら、パソコンでドラマ番組のデータ作りをしているUのデスクに珍しくカップ麺が置いてある。お昼か。へーえ、カップ麺なんか食べはるんだあ…。
暫くして流しに行き何となく三角コーナーを見たら、なんとUのカップ麺の麺がほぼ全部と言っていいほど捨てられていた。
「麺、食べてないの? ほとんど残ってるみたい。」
「スープだけ飲みました。麺嫌いなんです。」
スープだけ買ってこいや!麺に謝れ!
Uとはいろんな話をしたが、西武系のイベント会社の前にあの「パール兄弟」のマネージャーをやっていたと聞いた時は驚いた。凄いじゃない。それを聞いて音楽の話ができることがうれしかったなあ。お笑い業界、特にオッサンたちは全然音楽詳しくないんだもの。

その頃時々、会議と称して坂上にある「まとい寿司」へ社長が連れて行ってくれた。安くて美味いところだった。なにを頼んでも160円。ウニでもイカでもハマチでも玉子でも。
バカな話ばかりしていたが、時には真面目に仕事の話で熱くなることもあった。
ある時、同じように話に夢中になっていたら、
「なんだこれ?」と急に社長が。
ふと寿司桶を見れば、握り寿司のご飯だけがオケの中に並んでいる。ネタもないがあるはずのワサビすらない。キレイに酢飯だけがキレイに並んでいる。
「あれ?」とオレ。となりのUに、
「おまえ、上だけくっちゃったのか?」
こいつは穀類食べない女だった!いや、ツマミしか食わない女だった!
社長を見る。
憮然としている。
意外と社長はグルメなのだった。
沈黙の時間がつづく。怒ってねえか?
社長が言う。
「刺身頼めばいいだろう…。」
その後二度と社員全員でまとい寿司に行くことはなくなった。
Uはとにかくバラエティー向きではなかった。それもあって斉木しげるさんの担当にしてドラマに売り込ませることにした。これがハマった。
U本人もドラマは好きな世界だったみたいだ。あっという間にドラマの制作会社監督プロデューサー出演者視聴率の情報をデータ化して、いや、おまえさあ、ドラママニアかよ!ってくらいになっちまった。
とにかく当時のナベプロの平井くん、今やドラマ枠の情報が入ってくればすぐに売り込みをかけるようになる。他のタレントの担当者がオファーされたドラマのディレクターやプロデューサーの情報を聞けば、
「ああ、そのスタッフなら云々かんぬんという作品で数字は◯◯で、こだわり強いからロケ時間かかりますよ。」
みたいなことまで教えていた。

でもある日、雨の降る日、南阿佐ヶ谷から下井草まで歩いている途中にUからポケベルでTELくれとの連絡がはいる。まだポケベルです。
阿佐ヶ谷北6の交差点にある公衆電話。タバコ屋なんだがディスプレイでジャズミュージシャンのフィギュアがおいてあるとこ。
電話をすれば泣いている。あらどうした?
「あした、きたろうさんのドラマ収録なんですけど、行かないって言ってるんです。」
なんでだ?
「俺は関西弁は喋らないぞ、って。」
台本読んだんでしょ?
「そうなんです。いい役なんで何とか説得して本人も納得したはずなんですけど。さっき電話があってぇ。きたろうさん、酔っ払ってるんです。」
「いやいや酔っ払ってごねてるだけだから気にしないで。明日にあったら何事もなく行くよ。」
「いやあ、でも、シクシクシクシクシクシク」
んなもん無視して、ふざけんな!来いや!でしょ。
「てもぉ、シクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシクシク」
と90分くらい愚痴を聞いた。
俺が電話するから。
こいつ、まだマネージャーとしては弱いかなあ。
きたろうさんに電話した。
酔っ払っていた。
酔っ払ってるきたろうさんは始末が悪い。
少し話をした。
「ま、とにかく、行ってもいいかなあ。」と、きたろうさん。
ふざけんな! とは言わなかった。
で、Uにまた電話した。まだ雨降る阿佐ヶ谷北6の交差点にいた。
Uはさらに酔っ払っていた。数々の愚痴や恨み節が溢れ出してくる。
雨が激しさを増してきた。テレフォンカードがゼロになった。小銭が無くなって百円玉使った。風邪ひきそうになった。

「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」の若手の公演をユイハウスエージェンシーじゃない所でやりたいと宮沢章夫さんに聞いた。布施えりとビシバシステムを中心にやりたいと。「ガジベリビンバ2号/ナベナベ・フェヌア」のこと。
これは別に書く予定ね。
1回目はシアタートップス。これは自分が制作した。
2回目は池袋シアターグリーン。これはUに任せた。これは本人の希望もあった。なにせシティボーイズの大ファンだった。当然「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」のファンでもある。関わりたくて仕方なかった。
でもこれがいまいち評判が……。
先に書いたがイマイチ印象が暗いのよ。んで、真面目だから予算のこととかで宮沢さんににNOを言ったり。オレのNOをそのまま伝えたり。
宮沢さんから遠回しに、
「何かネガティブなバイブレーションが…」的なことまで言われる。
いや、あいつは真面目なだけなんですよ。でもオブラートに包むようにうまく言うことが苦手なんですよ。
「知ってます?パール兄弟のマネージャーやってた時、スタジオ終わりで牛丼屋行った時、(ギターの)窪田さんだけに玉子つけてって注文したらしいですよ。で、他の人たちが文句つけたら、窪田さんは疲れているからって言ったらしいですよ。みんな怒って、俺たちも疲れてんだよー!って言ったって。」と、宮沢さんが言ってケラケラ笑っていた。
このエピソードは20年近く経った後、知己を得たサエキけんぞうさんからも直接聞いた。鮮明に覚えているとのこと。誠に食べ物の恨みは恐ろしい。なぜにえこひいき?

Uという女。
3年くらい働いて、人力舎をスンってかんじに辞めていった。給料上げてくれと社長に交渉したらキレられたらしい。あとで聞いた。相談もなかった。
その後ドラマオタクとして、なんか、NHKとかいう出演料の安い放送局でドラマキャスティングの仕事をしていたらしい。
らしいというのはまったく連絡をとらなかったし、こなかったし。

ルッキズムってゆうかなんというか見た目の印象の悪さでネガティブな人間って判断されて本人の良い部分がスポイルされるってなんなんだろうなあ…って思う。軽く反対意見を言うだけでたいそうおおごとに捉えられてしまう。印象って大きいのね。
クセ強だったが、オレにとってはいい仲間だったよ。
今だにツマミだけで生きているのだろうか……?

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