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「犬も歩けば棒に当たる」は調子に乗るな

みなさま、ことわざと言えばなにをまず思い浮かべるだろうか。

馬の耳に念仏?
情けは人の為ならず?
豚に真珠?

人によって違うと思うし、最初に浮かんだことわざで性格診断なんてこともできそうだけれど、そんな話はとりあえず脇に置いておく。

本題に入ろう。

みなさんの中で、ことわざと言われて「犬も歩けば棒に当たる」が最初に頭に浮かんだ人は少なくないのではないだろうか。

はっきりと言いたい。
私は「犬も歩けば棒に当たる」がことわざの世界でメジャー面をしているのが気に食わないのである。

そもそもことわざとは先人の経験に基づく知恵をコンパクトにまとめ後世に伝えるためのものだ。

では「犬も歩けば棒に当たる」はどんな意味を持つのか。
日本国語大辞典を見てみると…

①物事をしようとする者は、それだけに災難に会うことも多いものだ。
②なにかやっているうちには、思いがけない幸運に会うこともあるものだ、また、才能のない者でも、数やるうちにはうまいことに行きあたることがある。

①と②でまったく意味が逆になっている。
これではことわざとして成立していない。

例えば、今から会社を立ち上げようと燃えている人がいるとする。この人に対して「そうか、でも犬も歩けば棒に当たると言うしね」と伝えた場合、「下手に動くと災難に見舞われるからやめとけってことか」と解釈されるか、「とにかく動けばうまくいく可能性があるからがんばれって励ましてくれているんだ」と解釈されるかは完全に相手次第だ。

こんなもの、ことわざとして、いや言葉として機能していない。相手を励ましたつもりが、「あいつは夢を潰す嫌なやつだ」と思われかねないとしたら「犬も歩けば棒に当たる」なんて怖くて使えない。

実際、日常生活で「犬も歩けば棒に当たる」を使っている人を見たことがあるだろうか。私はない。

「犬も歩けば棒に当たる」はその知名度に比べて有用性ははるかに劣っている。

ではなぜ、大して使えない「犬も歩けば棒に当たる」が大きな顔をしてことわざ業界にのさばっているのか。

それはひとえに江戸時代に作られた「いろはがるた」の先頭を飾っているからだ。いろはがるたの話題になるたびに「犬も歩けば棒に当たる」の札が大写しにされる。日本人の脳内に「ことわざと言えば犬も歩けば棒に当たる」と刷り込まれてしまっているのだ。

たまたま「い」がいろは文字の最初だったというだけで分不相応な知名度を獲得し、ことわざの代表ヅラするなんて、私には許せない。

なによりも悔しいのは「犬も歩けば棒に当たる」以降の
ことわざの並びがもはや完璧と言えるほど見事な流れであることだ。

「ろ」は「論より証拠」。
正しい。圧倒的に正しい。不倫なんかしてないよと
いくら言い訳をしても、ラブホテルに入っていく写真にはかなわない。ことわざとしての強度が高い。

「は」は「花より団子」。
これまた正しい。せっかく花見に行ったのに、気がついたら桜そっちのけで食事にがっついていたという経験は誰しも思い当たるところがあるはず。
論より証拠からの流れで「AよりB」の文体を受け継いでいる点もポイントが高い。

「に」は「憎まれっ子世にはばかる」。
これまた「あるある」と共感してしまう、ことわざとしての完成度が高いラインナップだ。

「ほ」は「骨折り損のくたびれ儲け」。
このことわざも、社会人は共感するだろう。がんばったのに報われない。人生はそんなことだらけだ。

「へ」は「屁をひって尻つぼめ」。
あまり聞き慣れないことわざだが、屁をしてから尻をすぼめても無駄だ、過ちを犯したあとに慌てても仕方がないという意味だ。納得感がある。

「に」「ほ」「へ」までは悪口、愚痴、下ネタが並んでいる。これはすなわち、飲み会で盛り上がる鉄板の話題でもある。他人の悪口をいい、仕事の愚痴をこぼし、下ネタで盛り上がる。こんなに楽しいことはない。

しかし、そんな盛り上がりだけでは虚しい。悪口、愚痴、下ネタだけでは翌朝、二日酔いに悩まされながら
「昨日の飲み会なんだったんだろうな」と後悔を抱えてしまう。

そこで登場するのが「と」の「年寄りの冷や水」である。
年をとってから無理するのはやめようね、という戒め。
本当に役に立つ人生訓が来るからこそ、バカ話で盛り上がった飲み会も引き締まるというものだ。

ここまで見てきて、いかに「いろはがるた」が完璧な流れで作られているのか理解いただけたと思う。

さあ改めて「い」に戻ろう。
「犬も歩けば棒に当たる」である。ここまで読み進めてきたみなさん、情けなくならないだろうか。

「ろ」から「と」に至るまでのことわざ界に輝くスーパースターたちとの歴然たる差に。

なんで「犬も歩けば棒に当たる」なんだよ、なんかコネでもあるのかよ、と文句のひとつも言いたい気持ちになる。

だからこそ私は、今日この日をもって、いろはがるたから「犬も歩けば棒に当たる」を追放すべきだと主張したい。

ことわざとしての実力不十分な「犬も歩けば棒に当たる」は、ことわざの顔を担うには力不足甚だしい。

では「犬も歩けば棒に当たる」に代わっていろはがるたの先頭を飾るべきことわざはなんなのか。


それは・・・

え〜と・・・

どれがいいんだろう・・・

変に断言して、異論が噴出して炎上したりしたら嫌だし・・・

う〜ん・・・

言うは易し行うは難し。

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