『麻雀の基本形80』の解毒剤


20年ぶりに麻雀界隈に舞い戻った男、ダマテンおじさんです。初noteです。

麻雀界で浦島太郎状態の私はたくさんのカルチャーショックを受けました。そのひとつが、数多くの優れた戦術書。過去のものとは比べものにならないクオリティに感動した私は、この数ヶ月で40冊以上の戦術書を読みました。

今回はその中から、多くの人が勧める、ある名著をひとつ取り上げます。

例えるなら極上のワインです。

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しかし、そのワインに一滴の毒が垂らされていたらどうでしょうか?

あなたは口をつけますか?


◉強くなりたいなら、まずは基本から

その極上のワインとは、福地誠さんの『これだけで勝てる!麻雀の基本形80』。牌効率の基礎を扱った何切る本で、いまも増刷がつづくロングセラーです。

タイトルの「これだけで勝てる!」はもちろん誇大広告ですが、「基本形80」と言いながら73しか載っていないのはもはや詐欺。消費者庁にみんなで電話したらどうなるんでしょうか。

そんな問題作の本書ですが、極めて高い評価を得ています。麻雀戦術書の第一人者である福地さん自ら、「俺の過去の本の中で一番の名著という扱いをされている」と語っています。

麻雀クリエイターの平澤元気さんも「初心者全員買うべき!」と動画の中で太鼓判を押しています。(4:55~)


Amazonのカスタマーレビューがこちら。星4.4もすごいですが、73件の評価が集まっているのも麻雀戦術書としては異例です。

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この書、初級者だけでなく中級者にもお勧めされています。ネット麻雀界の頂点といえる天鳳位の一人、タケオしゃんもこう言っています。

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強者の言う「まずは基本から」には重みがありますね。


何切るの頂点ともいえる『ウザク本青・赤』を書いたウザクさんも自身のサイトで『基本形80』をこう評しています。


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赤字部分に注目ですね。「鳳凰民も読んだ方が良い」というタケオしゃんの言葉に重なります。


さて、なぜこんなにもこの書が評価されるのか。以下の5つが主な理由だと思います。

①何切るという形式
②「形に強くなる」という絶妙なテーマ
③圧倒的読みやすさ
④初級者向きの、問題の配列・難度・量
⑤600円ちょっとの低価格

600円というのは普通の戦術書の半分です。ここまで「極上のワイン」という比喩を使ってきましたが、リーズナブルで美味しい「サイゼリヤのワイン」と喩えたほうが良かったかもしれません。

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◉垂らされた毒

さて、ここからが本題です。そんな名著『基本形80』なのですが、正解に疑いのある問題がわずかながら含まれています。

自分がそれを知ったのは、こちらのネマタさんの戦術本レビューを見つけた時でした。


『勝つための現代麻雀技術論』で知られる麻雀理論家のネマタさんは、こちらのサイトで多くの戦術本をレビューしつつ、異論のある箇所を細かく指摘しています。その中で『基本形80』に収録されている問題についても異論を唱えているのです。

これは由々しき事態です。初級者にオススメする本に強者で意見が食い違う問題があるのはまずいでしょう。

「正解が微妙な問題もあるけど、ほんの少しだから気にしないで!全体としては名著!」と言われて読む気になるでしょうか?

極上のワインに一滴の毒を垂らしたら、それはもうワインではなく毒です。飲むことはできません。


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こういう人は稀でしょう。

一本の極上のワインを作った醸造家の福地さん、そこに意図せず混入された毒の存在に気付いたソムリエのネマタさん。ここに必要なのは、毒の浄化をおこなう特殊技能をもった人間です。


福地さんとネマタさんのどちらが言っていることが正しいのかを精査し、一般読者にとって有効な結論をだす。

しかし、何を隠そう、私は天鳳四段の実力です。そんな力はありません…。


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そこで、天鳳で実績を出している麻雀強者たちにTwitterで協力を求めました。何切るで最善手を選び出し、理路整然と理由を説明できる方たちです。


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次々に集まる知見。その結果、以下の問題に毒が混入していることがわかりました。

あとは毒の浄化。私、ダマおじが、強者たちの思考をわかりやすく正確に伝えられれば成功です。

…note人生…もうこれで終わってもいい…だから…ありったけを…


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ひとつひとつ見ていきましょう。まずは本書のQ5から。ぜひ自分で答えを出してからスクロールしてみてください。


◉Q5

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A5

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(牌姿はQとAで同じものです)

【本の正解】    3p
【ネマタの反論】  1s
【強者たちの結論】 3p ・ 1s

打3pの魅力は、なんといってもツモ2sで平和テンパイにとれるところですね。自然な一打です。

しかし、ネマタさんの反論が選んだのは1s。強者たちに聞いてみても、1sを選ぶ人が多くいました。打3pのあと、先に58pを引くとこうなります。

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ここから打3mでは、役なしドラなしの愚形待ちになってしまいます。打1sならタンヤオが見えるので、基本的にはテンパイ取らずとしたいところ。

それであれば、問題の牌姿の時点で1sを切ってタンヤオと好形を目指すのもよさそうです。ただし、形テンを狙う終盤(13巡目以降)であれば、ぐっと3p有利に傾きます。


◉Q12

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A12

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【本の正解】    9p
【ネマタの反論】  8s(後に、78mを有力視に変化)
【強者たちの結論】 9p ・ 78m

ネマタさんの見解は変化しているのですが、それには後で触れます。

和了を最優先するなら、6ブロックの中から一番弱いブロックである9pを落とすのが最善でしょう。ただ、發のみになってしまう可能性が濃厚です。

この手牌なら三暗刻やトイトイで高打点を狙いたい、と考える強者が多くいました。

となると、78m8sに手をかけることになりますが、どちらのほうがよいでしょうか?かなり難しいところですが、打78mのほうが有利なようです。理由を説明します。(微差の話なので、初級者の方は読み飛ばして次の問題に進んでも大丈夫です)

改めて牌姿を。

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受け入れは打8sのほうが広い。しかし、69mは残り5枚、7sは残り4枚なので、その差はわずか1枚しかありません。もちろん78999mというエントツ形は668sの形より最終形候補として優秀ですが、そもそも三暗刻やトイトイを作るのならば必要のない形です。

トイツ手になりやすいのがどちらかというと、打78mのほうです。手牌が横に伸びた場合を比較してみます。

①打7m→ツモ7s

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ここから打8mとすれば、34pの両面を残したイーシャンテンに構えつつ、66sがあるのでトイツ手もまだ狙えます。

②打8s→ツモ6m

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これですと、34pを残してトイツ手を諦めるか、あるいは34pを落としてトイツ手に向かうか、二者択一を迫られることになります。

というわけで、打78mのほうが、よりトイツ手を狙いやすい打点意識の高い手順と言えます。

さて、ネマタさんの見解ですが、『戦術本レビュー』では打8sを正解とされていました。しかし、Twitterでの検討中に、ご本人から以下のようなリプをいただきました。

タイトルなし

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打8s→ツモ5pでこの形になっても三暗刻狙いで78mを落としたいので、それならはじめから78mに手をかける、ということですね。やはり9pを切らない場合は打78mがやや有利なようです。


◉Q13

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A13

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【本の正解】    9p
【ネマタの反論】  6p
【強者たちの結論】 6p

68899pの形をどうブロック分けするかが重要です。本書では688p + 99pの2ブロックと見て、一番弱いブロックの打9pを推奨しています。

一方、ネマタさんは「68p+899pとも見られる」としています。そう考えると7pは二度受け。5pの受け入れはあるので、9pより6pのほうが不要です。このあと他のメンツができれば、つづいて8pを切り出して899pとするイメージです。

「899pの形も688pの形も同じでは?」と思う人がいるかもしれませんが、

①9pのほうが鳴きやすい・待ちとして出やすい
②9pのほうが符ハネの可能性がある
③打6p時に七対子のリャンシャンテンにとれる

と様々な優位があります。

実はこちらの問題、のちに出版された『ウザク本青』の最後の問題として掲載されており、打6pが正解となっています。同書の編者の福地さんもこちらが正解と考えを変えたのでしょう。


◉Q28

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A28

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【本の正解】    6m切りリーチ
【ネマタの反論】  5m切りリーチ
【強者たちの結論】 5m切りリーチ

みーにんさんの『「統計学」の麻雀戦術』の中で、先制の両面リーチと字牌待ちリーチの和了率はほぼ同じであることがデータによって示されています。

したがって、打点が高い方を選ぶのが原則です。今回の牌姿ですと、5m切りリーチで中での1翻アップを目指すべきです。

おそらく『基本形80』が刊行された2014年当時にはまだこのデータが発表されてなかったため、6m切りリーチが正解となっているのだと思われます。麻雀戦術は日進月歩で進歩しているということですね。

※ここから追記(2020/12/7)細かい話なので初級者の方は読み飛ばしてください※
天鳳位のヨーテルさんからこんなツイートがありました。

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役牌であっても、①生牌、②中盤以降、の2つの条件を満たしたときは、両面有利になるのではないかという仮説ですね。みーにんさんが打ち立てた定説への反論です。

改めてみーにんさんのデータを確認すると、確かに疑問点が浮かびます。

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これは「字牌待ち」のデータであって、「字牌シャンポン待ち」のデータではないこと。「字牌単騎待ち」も含めての数字です。「字牌シャンポン待ち」のほうが和了率が下がる可能性は否定できません。

次に、場に切れた字牌の枚数によって和了率がどう変わるかについては言及がないこと。これについては同書の別ページに参考になるデータが載っていました。

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シャンポンではなく「字牌単騎待ち」に絞ったものになりますが、生牌の和了率の減少角度が急こう配なのがわかります。これはオタ風も含めてのものなので、他家に警戒されやすい役牌ならさらに和了率は下がると思われます。ヨーテルさんの見立てと一致しますね。

「シャンポンと両面で和了率が変わらない」という前提が必ずしも正しくないとすると、「役牌シャンポン有利」の結論も怪しくなります。役牌の1翻アップはもちろん大きいですが、両面待ちだとツモの1翻アップがそれなりに見込めるようになります。優劣は難しいですね。

というわけで、強者の意見を「5m切りリーチ」(シャンポン待ち)としましたが、①役牌が生牌、②中盤以降、の条件が揃った場合は「5m切りリーチ or 6m切りリーチ」と訂正しておきたいと思います。さらなるセオリーの進化が現在進行形で起こっていますね。

※追記終了※


◉Q43


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A43

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【本の正解】    4s
【ネマタの反論】  7s
【強者たちの結論】 7s

受け入れ枚数を比べてみると、打4sは7種22枚、打7sは7種20枚とわずか2枚差です。

ネマタさんいわく、打7sは「三暗刻、一盃口受けが残り、崩れてもエントツ待ちにはなる」。これならわずか2枚差の優劣はひっくり返ると見てよさそうです。

ちなみに、ウザクさんのレビューでは「期待値的には7s切りの方が高い。 ただし、赤があるので微妙ではある」となっています。

(こちらには『基本形80』の誤植もまとめられています)


※ここから追記(2020/12/15)※

◉Q68


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A68

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【本の正解】    1s
【強者たちの結論】 4p

こちらの問題はネマタさんも本の正解である打1sに同意していたのでノーマークになっていたのですが、後日、強者たちの検討で打4pが最有力とわかったので追記します。

すでに2シャンテンの手牌ですが、受けがかなり狭く、面前テンパイは簡単ではありません。しかし、よく見ると9p・1s・南とヤオチュー牌のトイツがあります。鳴きやすいこれらのトイツを全てポンしてドラの白単騎に受ければ、チャンタドラドラの5200点のテンパイです。打点もスピードも不満はないでしょう。

1sが打点とスピードに絡む牌であるのに対して、4pは打点にもスピードにも絡まない浮き牌です。これを切っておくのが自然な一打でしょう。さらに、重たい手なので、メンツ手とチートイツの両天秤にかけられるのも打1sより打4pが優れているポイントです。

※追記終了※


◉p.64の牌姿A

さて、いよいよ最後です。こちらは問題にはなっていないのですが、例題として出てくる牌姿です。

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p.64の牌姿A

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【本の正解】    4m  (次点で7m)
【ウザクの反論】  7m
【強者たちの結論】 1p ・ 4m ・ 7m

突然、↑のネマタさんのポジションにウザクさんが登場していますが、説明は後で。

本では「もちろん1pを切るコースもありっちゃありなんですけど、筋がいいのは4m7m切りです」とあります。

強者たちに聞いたところ、1pも有力なようです。マンズが先に入ってのカン2p待ちを拒否し、タンヤオを確定させる一打ですね。ただ、ピンズは一通もあるのが難しいところで、4mや7mも有力になります。

このふたつについて福地さんは「4mと7mでは大差ないので、どっちを切ってもOKです。本当は4m切り推奨で、そのあとに6mを引いたりしたときに差が出ますけど、まぁそこまではいいです」と言っています。

ネマタさんはこれには何の異論も唱えていないのですが、代わりにウザクさんがレビューの中で「4m切り推奨になってるけど、何切る的には正解は7m切りです」と言っています。
(追記:ネマタさんから、こちらのnoteに以下のコメントをいただきました。「p64の牌姿は例題だったので言及しませんでした。これも7mがいいですね。」)

この2つの比較はなかなか難しく、本でも端折られているところですが、踏み込んでみましょう。

福地さんが推奨する打4mは6mを引いた時の形がよいですね。

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4567mの4連形ができます。その場合、1pを切ってシャンテン戻しが可能です。というわけで、打4mは、ダイレクト2pツモのテンパイを見つつ、2次変化、そして赤5mを確実に使い切ることを狙った一打です。

一方の打7mは2mや3mをツモった時の形が強いです。

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どちらもカン2pのテンパイを拒否し、打1pのシャンテン戻しができます。これを見越した打7mは、ダイレクト2pツモのテンパイを見つつ、2次変化を狙った一打ですね。

4mと7mの優劣をつけるのはなかなか難しそうです。


◉終わりに

いかがだったでしょうか。「初級者向けっていう割に、難しい問題ばかりだな…」と思った方。安心してください。ここで取り扱った問題以外は、初中級者にぴったりの問題が並んでいます。

さて、毒は浄化されたでしょうか。このnoteを参考に、極上のリーズナブルワイン『基本形80』を味わってもらえたら嬉しいです。

スクショしやすいように強者たちの結論をまとめておきます。

『麻雀の基本形80』 強者たちの結論
Q5      3p ・ 1s
Q12            9p ・ 78m
Q13            6p
Q28         5m切りリーチ
(中が生牌で中盤以降なら6m切りリーチも)
Q43         7s
Q68         4p
p.64の牌姿A   1p ・ 4m ・ 7m

最後になりますが、福地さん、ネマタさん、ウザクさん、twitterで意見をくださった強者の皆さん、そしてつたない初noteを最後まで読んでくださった皆さんに感謝します。

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このnoteを発表後、福地さんからいただいたアンサーnoteです!

さらに、ネマタさんからいただいたアンサーnoteです!



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