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商業施設の地下には除雪の怪人

 広い地下駐車場の片隅に車を停め、すこし埃っぽいくぐもった空気の中、いかにも従業員通路っぽいシンプルな廊下を歩くとそこに白い殺風景な鉄の扉があった。マグネットシートに「除雪隊控室」と印字して貼ってある。

 冬中、このドアの向こうの窓のない部屋を拠点に常駐しているのが土井さんだ。前回北友舎を取材させてもらったときにも感じたが、除雪の現場で働く人は面白い経歴の人が多い。メーカーのルート営業やイベント興業の営業で北海道を縦横無尽に行き来していた、と言う土井さんは低い声で淡々とした語り口ながら、柔らかで話しやすく、話題も豊富で経験値の引き出しが次々と出てくる感じ。「自由に動けるのが合ってるんだよな。」とご自分を自己分析していたが、数々のスポーツイベントのレセプションや歓送迎会をマネジメントし、道内地方都市のホテルでそれなりの集客成果を上げていた過去を知ると、なかなかの切れ者であることが伺える。例えば、今ではすっかり定着している「幕別といえばパークゴルフ」などのようなスポーツによる地方都市振興事業をたちあげ、かなり貢献していたらしい。土井さんの手がけていた規模に圧倒されて、こういう先輩が元気な日本を支えていたのだな、と痛感する。
 かなりの裁量権をもってイベントのコーディネーターとして活躍していた人と、まさか札幌の大規模商業施設の地下で長靴とヤッケに囲まれながらお茶をすることになるとは、人生にはどんな出会いが転がっているかわからないものである。

 そんな土井さんはある日、脱サラして手打そば屋になる。ご本人は「負けん気が強いんだよね」とおっしゃっていたが、もともとの職人気質もあり、のめり込む方なのだろう。土井さんならそれなりに事業を拡大して行きそうだが、体調を壊してしまい、休業せざるを得なくなったそうだ。しばらく養生していた時に体慣らしのために始めたアルバイトが除雪だった。

 夏は入札の準備や重機の手配やメンテナンスなどもこなしながら「基本何もやってないよ」と土井さん。岩瀬社長と北友舎を立ち上げてから、冬の除雪を軸に生活を賄っているようだ。

 岩瀬社長より二回りほど年上で、そんなに生活のやりくりに追われる日々でもないのだろう。悠々自適そうに見える。昔取った杵柄を誇るわけでもなく、ただ淡々と、でも丁寧にこちらの質問に答えてくれる。土井さんは「今出来ること」をしっかり遂行する人なのだな、と感じ取れた。そしてその直感は正しかった。

 ここは10時開店の商業施設だ。当然、朝10時までには各出入り口や通路をきれいに除雪しておかなくてはならない。土井さんは、施設廻りの歩道を朝7時までに除雪完了するようにこころがけている。というのも、施設の清掃メンテナンス担当の方々の出勤時間が6時半~7時の間だからだ。
 商業施設の西側に建っているホテルも同じ管理者施設であるため、土井さんは横断歩道を渡ってその向こうまでも除雪機で歩道を除雪してる。出勤してくる人が使う最寄りの地下鉄駅まで除雪するそうだ。

「なにも、商業施設から委託されている土井さんがやらずとも、公道なのだから、札幌市の除雪が入るのではないですか?」
不思議に思って聞いてみた。
もし私なら、自分の家の前だけ除雪するし、市との契約業者が入ってくれるなら任せたいところだ。

「んー。お客さんがすれ違えるほどの幅を確保したいし、丹念に砂撒きや水抜きもしないとツルツル滑って危ないんだ。」

 委託されている施設管理会社からの積極的な指示、と言うよりは土井さんの心意気で賄われている範囲の業務であろう。「急いでるビジネスマンなんかはね、やっぱり邪魔だな、って顔をしていく人も中には居るよね。」
「最初の頃は自前の作業着でやってたんだけどさ、数年したらこの商業施設のロゴマークつけてくれって言われて、これつけた作業着で雪かきしてるよ。」
 丁寧な除雪作業はクレームの対象というよりは、むしろ施設のイメージアップにつながっているにちがいない。大きな商業施設がその周りの歩道だけでなく、公共交通機関であるバスセンターや地下鉄駅の出入り口付近まで従業員や利用客のことを考えて整備していることに大変驚いた。

大型商業施設の「公共領域」というと、1階部分に広めの植栽エリアがあるとか、遊歩道があってベビーカーを押して家族が横断できるとか、ベンチが置いてあってビジネスマンが一服できる、というようなハード面の公共性を連想しがちだが、そういうモノに関連して除雪などのソフト面の公共性も担うことになるのか、と目からウロコだった。ここに、行政以外が担保している「共助」の姿を見た気がした。

ここは札幌市発展の要ともなった重要な歴史的建造物をも有する地である。複雑で巨大な施設の駐車場入り口の確保、煉瓦造りの旧工場屋根からの氷柱撤去、ホテルの雪庇崩し、どれもひときわ冷える早朝の作業だ。
「とにかく安全第一。機械使うなら人がいないときに作業して、圧雪路面はツルツルだからとにかく砂を丹念に撒く。この砂が靴裏とかにつくから、店舗内に入って床がとにかく傷つく、って言われるんだけどさ、お客様がケガするわけにもいかないから、そこはもう納得してもらってる。」
土井さんによると、テナントさんや清掃さんからは砂の多さに注意を受けるものの、施設管理側からはお客様の転倒防止や安全確保のためならば、床やワックスの張り替え、冬期間出入り口のマットの設置など、必要な対応は承知済み、とのこと。商業施設の見えない苦労を知ることが出来た。

この敷地内は複雑な形をしているし、古い建物は趣のあるレンガや装飾がお洒落で格好いいが、突起物も多く、氷柱が至る所にできてしまう。加えて通路が交錯していて段差もあり、場所に合わせた作業のバラエティの幅が多いことは容易に想像できる。そのほとんどを、土井さんのチームは4人のアルバイト人員が手作業でやっている。

駐車場通路の上に歩行者用の渡り廊下があるので、その柵から氷柱が垂れ下がる。氷柱が大きく育って落ちると下の車や人を傷つける可能性があるから、長いポールを自作して氷柱を落としている。(写真は土井さんがその様子をデモンストレーションしてくれたもの)

なるほど。蓄積されたノウハウが無ければとてもじゃないがこなせない。他にも屋上の駐車場や駐車場出口など、複雑でこまやかな対応が必要な個所を教えてもらった。…しばらくは土井さんがここの除雪を担っていくことは必要不可欠だと感じた。




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