どんなきっかけがあれば、進学したいと思うのだろうか

こんばんは、そしてあけましておめでとうございます。毎度の如く期末レポートに追われています。

今日は久々に教育格差について話そうと思います。

そもそもそれメインで話したくてnoteを作ったのにしばらく記事は出せていませんでした…


早速本題。人はどのタイミングでなにがきっかけで大学に進学したいと思うようになるのでしょうか。

私は二人の姉が大学に進学したことであったり、父親が「大学は人生の夏休みだぞ!」と言っていたことから、漠然と行くものだと思っていました。「そういうもんだと思ってた」って面白いし怖いですね。

小中の友人は高卒就職と大学進学が半々で、でもみんなそんなこと関係なく仲良くて、特に気にしたことはなかったのですが、それって東京じゃあまりないのかな?と。中高一貫、私立、女子校、男子校…高校入学前にトラッキングが済んでしまっていることが地方と比較したら多いだろうし。

地方って雑多なんだなと。

で、なんでこんなこと思ったかというと、

地方の学習塾で遠隔家庭教師というか自習監督みたいなことを学生団体のメンバーとローテーションで隔週で行っているのですが、いつも私が担当の日を楽しみにしてくれている子がいてとても嬉しいんです。

私の教え方は決して丁寧ではないし、中学の範囲はすっかり忘れているので(理数系)ど忘れしていてすぐに教えられないこともあるのですが…パソコンは便利で、zoomで画面共有したり、onenoteで図形書いたり補助線の引き方見せたり、一緒に学んでいる…という感覚です。この指導方法が適切なのかと言われるとそうではないのだと思いますが、それでも「ギー子ちゃんの日しか自習室には来ないの!」と言われると、これであってるのかも?と思ったりして舞い上がってしまいます。

これから高校入試みたいなので頑張ってほしいなぁと思います。


その子が住む地域には大学生がほとんどいないようで、大学進学を希望する学生も少ないみたいです。私は大学に行けば、良いところに就職すれば幸せだ!という断言はできませんが、

もし、その子が塾を通して勉強を楽しいと思えるようになったら大学行くのかなぁって思うとなんだか嬉しくなってしまった自分がいました。それが正解ではないんですよ。でも、これがきっかけになったらなぁってやっぱり思ってしまいます。

そこで立ち返って今の教育格差のホットワードは情報格差かなと。情報が昔よりも手に入りやすくなって、就活にしてもパソコン一台あれば無料で大量の情報を手に入れることができますよね。でも、情報を手に入れようと思うかどうか、どこで信頼性の高い情報を手に入れられるか知っているかどうかって大きく分断される。

私は姉という大学進学したロールモデルが身近にいたけど、都内の私大に進学した人は身近にはいませんでした。地元では公立第一のため私立大学=偏差値低いという認識が大人から子供まで広まっていました。だから高校の先生には反対されました。私の人生に責任を取ってくれるのなら従ってもいいけど、まぁ無理でしょうね。なので反抗的な態度ばっかり取ってたら先生も観念してました。

でもそれくらい反発しないと許されない世界だったんです。

その子の周りはどうなんだろう。「なんで急に大学?」とか「やめときな」とか芽を摘むこと言われたりするのかな。子どもたちのためを思って、っていうのは分かります。(ただ私の高校の先生たちは私のためではなく、学校の進学実績のためを思って、だったのがみえみえでしたが)でも、やっぱり世界が閉ざされてる感じがして…

って思うのは大学進学した人間のエゴなのかなぁ、暴力的な啓蒙?と思ったり。

それ自体結局はその人次第、ともいえるけど、それって能力主義に浸った人の感想なのかも。自分がここまでこれたのは自分の努力のおかげだと思っている人は「その人次第」というのかな。

またまとまらない(まとめようとしてない)

周りに大学経験者がいない子どもたちが、どのタイミングでなにがきっかけで進学したいと思うのかなと思った、という話でした。

(私はもうこの子がかわいくてかわいくて仕方ないので、贔屓目で見ちゃいそうなので教員向いてません。公平に見られません。なついてくれる子が大好きです。ごますり忖度得意人間より)


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