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いると思った巨悪がいなかった場合に

引退間際にsnsをやり、本を読んでちょっとずつ社会に興味を持ち始めた。世の中の出来事を調べていくと、次第に後ろで全ての絵を描いて、利益を貪っている奴らがいるという情報に行きついて、なるほど世の中には悪い奴がいるもんだ、これはなんとかして変えなければならないと思った。

引退して人に会い、話を聞いているうちに、だんだん最初に思っていたことと風景が変わってきた。昔はもっと絶対的な力を持っている人が全体をコントロールしているように見えていた。ところが、どこまで奥に入ってもそんな人はいなくて力を持っている人も気を使わなければならない対象がある

社会問題の解決に取り組む友人を見ていると、映画のヒーローのように強大な敵に立ち向かっているというよりは、複雑に絡まった糸を解きほぐすように、関係者の思いと、歴史と、利害を調整していく延々と続く根気がいる作業に見えた。これだったらまだどこかに巨悪がいた方がわかりやすいと思うぐらいに。

私は運が良く対立している両側の人と話をしたり、権力側と思われている人と話をする機会があり、全体をコントロールできる人なんていないんだなという視点を持つに至ったが(これもまた一つのバイアスなのかもしれずどこかに巨悪はいるのかもしれないが)、そのような経験を持たない自分だったら、カーテンの向こうで世の中を牛耳っている悪がいるという物語は魅力的に映ったと思う。

悪意があってそうしているなら、その人の排除で問題は解決するが、構造がそうしているなら構造を変えない限りは同じことが起こる。しかし、構造が問題だと知るには知識がいるし複眼的な視点もいる。複眼的な視点を手に入れるには違う立場、違う考えの人との対話が重要なのだろうと思う。

けれども、気を抜いて生きているとどうしても自分と似た考えの人間が周囲に集まりやすい。その方が気が楽だし落ち着くからだ。すると余計に違う立場の人との交流が少なくなり、考えは強化されていく。ネットがあるじゃないかと昔は思われたが、ネットの方がむしろ偏りと閉鎖性は強くなってしまった。

見たことがなく触れたことがない時、人の妄想は加速しやすくなる。きっとこんなことが、こんなことまでと物語が強化される。触れれば拍子抜けすることも多いが、実際に見たり触れたりできる人は限られている。どうすれば断片的な情報から頭の中に出来上がった物語を現実とすり合わせる機会をもてるのか

信じている人から信じているものを取りあげるのは命がけになるから誰もやりたがらない。こうして一度物語を信じた人は、それを客観的にみる機会を失ってしまう。このような社会の分断はどのように止められるのだろうか。

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コメント (3)
イラスト使ってくださりありがとうございます。
教育にも通ずる話だと思いました。たくさんの視点を持った人と語らう場を探したいと思います。
社会問題である以上一人とは限らないが悪は必ずいるでしょう。
巨悪がいなければそれは自然災害
分断が人によって起こったものなら、また繋がることも、人の心と行動によって可能なのかなと思いました
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