期待をしない母

子供の時から僕は足が速かった。中学校に入り全国で一番になり、高校時代に世界大会で4位になった。最初はわあすごいねと言っていた母がその辺りから少し変わり始めた。たまに実家に帰っても大変だねえとしか言わなくなった。ほどほどでいいんじゃないのと言うときもあった。

僕にとっては競技をする事は、知らない所を見てみたいという冒険に近かった。自分は本当はどのくらいで走れるのだろう。速く走るとどんな感じがするんだろう。自分に対しての冒険と、限界に対しての冒険。

ところがある高さから自分の冒険は人と共有され始め、期待され始める。勝つと誰かがうれしいし、負けると誰かも悲しむ。勝ちたいがその内に勝たなければに変わり、走りたいが走らなければに変わる。プロになればさらにそれが加速し、冒険は仕事になった。

足が速い人、アスリート。世間からそう認識される度、これが無くなった自分に戻るのが怖くなる。自分に価値があるのではなく、手に入れた肩書きに価値があり、そしてそれは負けると失われる。恐れは執着を生み、執着は守りを生み、守りは冒険心を阻む。

私の母は期待をしなかった。何も無い時の自分を知っている人だった。そういう空気だったから、たまたま足が速くて始まった冒険だったからもし全部無くなったら、夢だったと思ってここに戻ればいいかと思えた。そう思わされる事で、私の好奇心は、冒険心は守られていたように思う。少なくとも家にいるときは、陸上は全てではなかった。

少年の冒険は25年続いた。冒険が続けられたのは、どこに行くのかも、どこまで行くも期待せず、ひたすらに家で待っていた家族の存在が大きい。

2014年09月30日 blogより

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