迎春の空、時代とアルミ缶と。

1月9日木曜日、8時過ぎに仕事を終えた私は、まっすぐ帰路についた。木曜日の仕事終わりは、金曜日の仕事終わりほどとはいかないが、なんだか開放感に包まれる。言うなれば、マラソンの最後の直線コースに差し掛かったあたりのテンションである。帰路をなぞる私の足取りは軽い。

今週はあの夢のような9連休明けの初っ端の週。サラリーマンのリズム感を取り戻せないまま、あたかも忙しいみたいな顔をしてお客さんと雑談してれば許される一週間である。しかしそれだけでも引くほどしんどいのは事実。もう今期の計画のことなんて考える余裕はそこにはない。布団を出るだけでも毎日地獄のような死闘を繰り広げているのだから。いやはや、疲れた疲れた。

などと思っていると、ふと頭によぎる。

『これは1本くらい缶ビールをあおってもいいのではないか』

ちなみに、この“酒をあおる”などという言い方をするような奴はどうしようもない酒飲みの可能性が99%くらいあるので注意していただいた方がいい。

『これはビールと焼きビーフンで優勝してもいいのではないか』

ちなみにここでいう「優勝する」とは「最も価値ある時間を獲得する」くらいに解釈していただければ差し支えない。この言葉遣いの出所については別途詳述する機会を設けたいと思う。ここは穏便に「何いうてんねんこいつ」と思っておいていただいて良い。

さてさて、右足のピボットターンも軽やかに、
私は最寄りのコンビニへ向かって歩を進めた。

『いや待てよ』

そう。道中、ドラッグストアの前を通ることを思い出した。「これ缶ビールしばくんやったらコンビニで買うよりココカラファインで買うた方が安いんちゃうんけ。」ドラッグストアで買った方がお得だということに気づいた私は「〜やんけ」という地元南河内の特徴的な小汚い大阪弁を披露したりした。記憶は定かではないが、きっとその時の私は軽やかに鼻歌を口ずさんでいたことだと思うし、曲はたぶん「丸の内サディスティック」あたりだった気がするし、私は完全にそこからファインだった。

らっしゃせぇ〜という店員の気怠そうな挨拶も意に介さず、奥の冷蔵コーナーへ突き進んだ。私の脳みそは完全に銀色のコクとキレのやつを探すモードになっていたが、丁度そのあたりで丸の内サディスティックが鳴り止んだ。刹那の冷静さを手に入れる。

『本麒麟やな』

そう、発泡酒、キミに決めた。
値段の話ではない。酒飲みからすれば、ビールと発泡酒の間に横たわる数十円の差なんてあってないようなもの。私が欲しかったのは、本能に抵抗したという証。平日だぞと。欲にひれ伏す俺じゃないぞと。その数十円の差が私を私たらしめている理性そのものでたるのだと、その釈明を託したのである。落ち着いて聞いてほしい。今の20秒くらいの間は私も自分で自分が何を言っているかまるでわかっちゃいない。

そうと決まれば戦況は一気にこちらに傾く。一本の発泡酒と意味不明な言い訳を手に入れた私は無敵だった。お酒コーナーからレジまでの最短距離を突き進む。足取りは軽い。

ここからはスピードが物をいう。
ドラッグストアで丸裸の発泡酒を一本だけ早歩きでレジに持ってくる奇妙な生き物(私)を見るなり店員は心なしか怯えているようにも見えた。そらそうだ。私が逆の立場であればまず間違いなく『こいつコンビニ行けや』と思うハズだからだ。

時代はキャッシュレス全盛期。例に漏れずPayPayユーザーの私は、リュックを下ろし→財布を出し→小銭を払い→お釣りを受け取り→財布に戻し→財布をリュックに戻し→リュックを背負い直すという一連の動作を、ポケットに潜ませていたiPhone11でものの5秒で済ませた。発泡酒でさっさと優勝したい私を、ここでは時代が味方した。

しかし、ここで店員が思わぬ行動に出た。


わしゃおーいお茶でも買うたんか

缶ビールにシール対応はやめえ!!
それはペットボトルのお茶こうた時にやるやつや。
絶対袋に入れぇ!缶ビールやぞ!!
シール貼られた裸の缶ビール握りしめて歩けと?
わしのことどう見えてる?なあ

ココカラファインから裸の缶ビール一本握りしめて出てきてもうたやんか俺。もう今更リュックも下ろされへんし。キャッシュレスが裏目に出たよ。あの時リュック下ろしときゃその流れでスッとカバンに入れれたのになあ。「時代が味方した」てなんやってん。めっちゃ敵。

ここから家まであと5分、
裸の缶ビール握りしめて夜の神戸歩くの?
罰ゲームか何か?

まあそのまま帰ったけどね結局。
焼きビーフンと缶ビールで優勝しましたよちゃんと。

お後がよろしいようで。

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