【書評】 新井すみこ『気になってる人が男じゃなかった VOL.1』
Twitterには140文字までという文字数制限の他に、1つのツイートにつき画像は4枚までという制限がある。この制限を逆手に取って1話4ページで完結する漫画を描く、いわゆるTwitter漫画が一世を風靡している。大手出版社によってコミックス化され、ベストセラーになるケースも目立ってきた。例えば『先輩がうざい後輩の話』(しろまんた/一迅社)がそうだし、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(豊田悠/スクウェア・エニックス)、通称「チェリまほ」も出発点はTwitterに投稿された4ページ漫画だ。
先日コミックス1巻が発売された、新井すみこの『気になってる人が男じゃなかった』(KADOKAWA)は、Twitter漫画の最新ヒット作にして最新進化系と言える作品だ。
CDショップで働く「黒ずくめのおにーさん」が気になって仕方ない、ロングヘアーの女子高生(あや)。試聴機に髪を引っ掛けてしまい焦ってわたわたしていると、おにーさんが優しく髪を掴んでくれて、「…とれましたかね」。後日、ズキューンとなった一連の出来事を友達相手に教室で喋っていたところ──実はおにーさんの正体は、隣の席で心臓をばっくばっくさせているメガネ女子(みつき)だった。ときめきと笑いが絶妙に混じり合う、完璧な4ページ、完璧な第1話だ。
ある登場人物は知っているけれど、別の登場人物は知らない秘密を、読者は知っている。この共犯関係が、どうにもこうにも物語の続きを読み進めたくなる推進力となる。第2話以降は、4ページ目に陽キャのあやがおにーさん(陰キャのみつき)にズキューンとなるエピソードが、さまざまなバリエーションで表現されていく。
おそらくセリフがなかったとしても、表情や視線を追いかけるだけでも、ストーリーやキャラクター同士の感情の交歓が伝わってくる抜群の漫画センスに脱帽してしまう。特に、主観表現が素晴らしい。あやがおにーさん(みつき)にときめく瞬間は、ほぼ必ず真正面から見た顔が描かれており、周辺に花びらやキラキラが舞い踊っている。そこではズキューンと、あるいは物語を彩るロックミュージックのサウンドに喩えるならばジャカジャーンと、心が撃ち抜かれている状態が表されている。ところが、おにーさん(みつき)があやのことを素敵なコだなと思う場面では、あやの顔は斜めのアングルからふわっとナチュラルに描かれるのがほとんどだ。そこで芽生えた感情はズキューン=ジャカジャーンとは種類が違う、ということが描き分けられている。
二人の間に横たわる感情のギャップを目の当たりにして、ときめく、笑える。ときめく、笑える……。このまま永遠に読んでいられるなぁと思いかけていた第18話で、作者は驚きの一手を繰り出す。「気になってる人が男じゃなかった」。そのことを、あやが知ってしまうのだ。
この一手は、他の描き手であれば、コミックス1巻の最後(本作であれば第37話)に出すであろうエピソードだ。いや、出さない可能性が高いかもしれない。何故ならその事実確定によって、第1話のバリエーションとして連載を描き継いでいくことが不可能となり、二人の関係が不可逆的に進展せざるを得なくなるからだ。実際、そこから作中のムードはガラッと変わる。二人の背景描写にも、黒が目立つようになっていく。
しかし──「気になってる人が男じゃなかった」と気付いた先で、二人はどのような関係を築くのか? この問題設定こそが、この物語の真のスタートの合図だったのだ。第1話の時点で嗅いだ王道ラブコメの匂いで、ゆめゆめ判断するべからず。本作はラブコメ要素がふんだんに盛り込まれているものの、リアルかつシリアスに、あやとみつきの特別な関係を見つめ続ける物語だ。
そのような物語であるという描き手の意思は、背景に黄緑が敷かれている点からも明らかだろう。暖色でもなければ寒色でもない、黄緑という中性色のチョイスは、恋愛とも友情とも判別できない二人の関係を象徴しているように感じられる。と同時にそのチョイスは、二人の関係には、暖かさだけでなく何らかの危機や悲しみも起こり得るというシグナルでもある。
Twitterで全話読んできたという人も、コミックス1巻に描き下ろされたプロローグ(「RHYTHM A」)とエピローグ(「RHYTHM B」)を読んで、さらなる魔法をかけられてほしい。ストーリーは現在も、漫画家のTwitterアカウントで進行中だ。先が気になる、という感覚を心の底からいま抱いている。
最後に一言。本作は、音楽漫画としても超最高なんです。
※ダ・ヴィンチWEB初出。書籍はKADOKAWA刊です。とにもかくにも最高の第1話を下記URLから是非。
https://twitter.com/agu_knzm/status/1512998788025110532
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