見出し画像

【書評】ハミルトン〜最強スタートアップ創業者の物語

私はスタートアップ創業者の立ち上げ物語が好きだ。まだ何もない時代に未来の世界がどうなってるかを夢想する。説得力ある言葉でその未来像を語り、多くの人を巻き込んでいく。途中に立ちはだかる幾多もの困難を乗り越え、ひとつひとつ形にしていく。創り上げたものは「作品」として後世に残されていく。その足跡を、何もない若い頃から辿っていく営みが。

ここのところ繰り返し読み返していた物語の主人公は、Google 創業者のように未来を見通し、Facebook 創業者と同じくらいに早熟。Amazonと同じくらいすべてを飲み込み、Apple 創業者並に狂気に満ちている。その時価総額は4社を足したよりもずっと大きい。にもかかわらず、国内スタートアップ創業者でこの物語を読んでいるのは、いまのところ私だけだと思う。

そのスタートアップとは、18世紀当時のアメリカ合衆国である。ファウンダーはアレグザンダー・ハミルトン、初代財務長官。ワシントン、ジェファーソン、マディソンなどと並ぶ「合衆国建国の父」の中核の一人でありながら、唯一大統領にならなかった人物だ。米国では10ドル紙幣の「顔」となっていたことで知られるが、それ以上に注目されることがなかった。

ハミルトンが再び注目を浴びるきっかけになったのは、2015年。その人生を題材とした異色のヒップホップミュージカルがNYで空前の大ヒットとなり、翌年には第70回トニー賞13部門16ノミネートを獲得し、全部門及びトニー賞史上最多ノミネート記録となったほか、楽曲賞を含む11部門受賞に輝いた(出所:Wikipedia)。私もNYとロンドン、2回観劇している。
https://www.youtube.com/watch?v=bhwv5-tFUJM

「ハミルトン アメリカ資本主義を創った男」(日経BP)は2004年に書かれた伝記で、このミュージカルの原作。作者ロン・チャーチウはジョージ・ワシントン、ロックフェラー、モルガン家などの評伝で知られる。

本書を読むと、英国から独立を果たした前後のアメリカがまだ "young, scrappy and hungry" だったことがわかる。政治も経済も農業が中心の南部に比重があり、工業化を進める英国からはずっと遅れていた。13の州が好き勝手に活動し、強い中央政府の樹立には猜疑心をもって反発する。中央政府独自の財源も軍隊も存在しなかったし、反対勢力の方が強かった。

そんな時代に強い「合衆国」の姿を主張し、七つの海を支配する大英帝国を大きく追い抜いていく未来を構想し、その道筋を具体的に示し、牽引していったのが若きハミルトンだった。ワシントン将軍の参謀として全体戦略を立案し、各地に出される司令を下書きしていたのは20代半ば。独立戦争の英雄ワシントンが合衆国初代大統領に任命されると、35歳で右腕となる財務長官に就任した。そこで関税と国債発行などの財源の仕組みを創り上げ、現代の金融市場、資本主義制度の礎を築いた。独立戦争では勇敢な中尉だった彼は、マーケットが暴落した際には米国市場初となる巧みな市場介入でそれを防いだセントラルバンカーでもあった。農業から商工業に舵を切る戦略を描き英国から知的財産権を盗みながらキャッチアップを図り、かつ陸軍士官学校のウェストポイントなど現代軍隊の礎も創り上げた。中央銀行設立の過程では連邦政府の権限を抑制する合衆国憲法の条文の中に「黙示的法理」の原理を読みこむ解釈論を唱え、法律家としても現在にまで影響を残している。

当時の世論形成と政治力はパンフレットと呼ばれる論考集が源泉となっていた。いまでいうとTwitterのようなものか。ハミルトンは合衆国の将来ビジョンを、類稀なる執筆力と演説、つまり「言葉」の力で実現していった。彼の天才ぶりはモーツァルトを彷彿するものであり、そのたとえは決して大げさではない。

「ハミルトンの頭脳は、つねに超人的なスピードで回転していた。彼の著作集は仰天するほど膨大で、一人の人間が五十年に満たない期間にこれだけの量を書いたとは、とても信じられないほどだ。(中略)彼の著作集を見ると、彼はまるでモーツアルトのように、複雑な考えをほとんど修正せずに紙の上に移すことができたということがわかる。」(p.572)

ミュージカルを書き上げ、初代ハミルトン役を自ら演じたリン・マニュエル・ミランダはこの伝記を読んで「ハミルトンの人生はヒップホップそのものだ」と感じたらしい。ハミルトンはカリブ諸島で孤児として育った「移民」であり、アメリカンドリームを体現した。とてつもなく知的で、とてつもなく魅力的で、並外れた行動力もあったが、人間としての欠点も少なくなく、敵は多かった。自身の立身出世の原動力となった筆の力が原因となって身を滅ぼしていく。きらめきを見せたのは若い頃の数年であり、後世は権力闘争に終始する。最後は50歳を前にして当時の副大統領に決闘で殺されてしまう。

私達はなぜ偉人の伝記を読むのか。それはその当時の時代背景を知り、歴史を学ぶとともに、世界の足跡を残した人物の生き様に刺激を受け、自らの人生を省みるためではないか。

大きな志を抱くすべての起業家、政治家、行政官に読んで欲しい評伝でした。ミュージカル映像を観てから読むと、イメージが湧きやすくなってオススメです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?