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仮面浪人時代の追憶(その3)

そういえば、サークル回りで重要なサークルを忘れていた。
悪い意味で時代を彩ったサークル「スーパーフリー」の新歓に行ったのだった。チケット確保はマイルストーンで和田サンに電話。和田サンと直で対話したのは印象的だ。「スタッフってどういう選考をしているのですか?」と聞くと、「スタッフになりたいなら君の人柄次第だよ」と言われたのを覚えている。
新歓の場所は六本木のヴェルファーレだった。
甲南高校出身で北大経済後期蹴りの早稲田政経の友人と参加した。正面の舞台で和田サンとスタッフがパラパラを踊っている。つられて参加者も踊る感じだ。私も慣れないステップで踊った。少し時間が経つと、安西ひろこさんが登場した。芸能人も呼べるというスーフリの力を感じた。そうこうしていると、風船が落ちてきた。「お金が入っているのもあるから割ってね」と和田サンが言う。それを聞いて皆風船を割り出した。どうやら一部の風船には一万円が入っているようで、歓声が上がった。時代は不景気だが、スーフリのイベントはバブリーだった。良い経験になったと思う。友人はナンパをしようとしていたが、上手く行かず、私にもナンパを勧められたが、気分が乗らず、だった。

5月になった。学生寮のイベントで深大寺ハイクというものがあった。深大寺に向かい蕎麦を食べる。寮から割と距離がある。若いから大したことはないが。それもあり、深大寺という場所には馴染みがある。

6月になり、早慶戦があった。飲みの後の徹夜で向かい、ウトウトしていた。クラスメイトの桜蔭出身の女子と出会う。本命校はどこか、という話になり、「京大法だったよ。佐藤君は?」と聞かれ、「東大文Iだった」と答えた。まあ、1年生の6月であるし、受験ネタはギリギリセーフだろうか。私にとっては仮面浪人生なので自然なことではあったが。

そういえば、大学のクラスメイトは進学校の方が多かった。覚えている範囲で、女子は桜蔭、札幌南、南山女子など。男子は浅野、久留米附設、青雲、長野など。南山女子と長野は文I落ちらしい。浅野の同期はなんと筑波医落ちのセンター利用ということだった。医者でなければ弁護士らしい。昔はよくあった志向だ。彼のお祖父さんは裁判官とのこと。やはり生まれがいい。早稲田法のクラスメイトは進学校国立併願組が一般入試組では過半数だったと思う。ただ、それでも母校の上位クラスや駿台大阪校に比べれば見劣りした。(母校の上位クラス出身で文IではB判定まで出した。なんのためにあれほど勉強したんだろう)と学歴コンプレックスで苦しむことになった。

大学のクラスメイトとビリヤードに行ったこともあった。また、学院出身の友人から美容院を紹介され、早稲田近くの美容院に通うことになった。カットはなんと6000円(!)学生には高いものだが、オシャレにも気を払おうと思い、支出した。

アルバイトも始めた。学生寮の先輩の勧めで、京王稲田堤にあるGという学習塾の講師だ。時給は1500円で3時間指導。交通費は出た。寺子屋形式であった。学生寮の先輩後輩や慈恵医大の方が多かった。国領周辺なのもあるだろう。バイトでは、女子中学生にナンパされたりもした。メアドを渡され、「先生、絶対にメールしてきてね」と言われた。当時は認識が浅く、メールをすると、「ディズニーに行こうよ」と誘われた。そこまで言われると流石に警戒心が働き、スルーした。噂によると、その生徒は他の男性講師にも声をかけ、出会い系サイトで男子大学生とも知り合い、関係を持っているそうだった。当時は、13歳以上であれば性行為は違法ではなかった。そういう趣味がある男性はやりたい放題だったということだろう。

そのようなことがあり、季節は夏へと移っていく。

続く

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