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ショートショートその10『誰かが見てくれている』

「はぁ、なかなか暮らしが楽にならない。仕事が増える割には給料は上がらない。休めない。たまの休みは朝寝して起きたらもう夜だし。物価高でお金は出る一方。貯金も出来ない。彼女も出来ないから結婚出来ない。転職しようにも次の仕事も同じ感じだったら転職の意味ないし。そう考えると転職も出来ない。俺はずっとこのまま年老いて死んでいくんだろうか。『あなたの頑張りを誰かが見てくれている』って言うけど、いったい誰が見てくれていると言うのだろう?」

見てますよ、勤め人。
私たち天使がね。
天使はあなたたち人間のがんばりをちゃんと見てて、奇跡を起こすのが仕事なのです。
さて、この方にはどんな奇跡を起こして差し上げましょうか?
宝くじに当選させましょうか、それとも絶世の美女を妻にして差し上げましょうか?

……え、昨日の美少女には奇跡を起こしたのかって?
す、すみません、まだでした。
えーと、恋愛禁止令をちゃんと遵守してアイドル生活をまっとうしたあの美少女ですよね?
他のメンバーは陰でイケメンとよろしくやってるくせに清純ぶるのがやけに上手で、ファンから金を巻き上げるだけ巻き上げる。
その反面、あの美少女は陰日向なく貞操を守り、ルールを破ることなくファンの理想通りであり続けた。
あの方にも奇跡を起こして差し上げないと、十代の一番いい時期をキモいファンの理想像を貫いたその甲斐がありませんもの。
でも考えてみてください。
あの美少女は私が特別奇跡を起こして差し上げなくてもあの美貌で、これから先もかなりイージーモードだと思いますがいかがでしょうか?
……え、それだと平等ではない?
そうですよね、すみません。
でも、平等と公平は違うと思うので……、いえ、これ以上は論点がずれますね、やめておきます。

……え、一昨日の農場主には奇跡は起こさないのかって?
す、すみません、まだでした。
えーと、ずっと雇われ農場主で、オーナーには頭が上がらず、小作人からは文句を言われているあの中年農場主ですよね?
あの方には奇跡を起こしました。
自殺を止めたじゃないですか。
ヤケになってあのまま死なせておいた方が、本人のためにも周囲のためにも一番いい方法だったにも関わらず、私はまた生きる選択をさせました。
生を優先させる、これ以上の奇跡がありますか!
……死んだら天使として迎えに行くという仕事が増えるから、無理矢理生かしたんじゃないかって?
私がそんな私情を挟むわけないじゃないですか!
あくまでも人間ファーストの私が!

そりゃ確かにこのところ仕事が多いなとは思います。
天国も天使不足で、1人の天使が何人もの人間を観察し、奇跡を起こさないといけない。
かと言って、死人を迎えに行く業務が無くなったわけじゃないから、そっちもやらないといけない。
がんばっている人間に奇跡を起こすのが先送りになって、自分のがんばりの報われなさに絶望した人間が自ら命を落とす。
そういった死人を天使が迎えに行く頻度が多くなり、業務多忙になり、奇跡を起こすのが更に先送りになる。
絶望して自殺する人間が増える……
悪循環です。

天使も業務多忙で体を壊したり、報われない人間を救えない自分たち天使の存在に無力を感じて離職したり、心を病んだりということが多くなってきました。
かく言う私もその1人です。
私たちの存在とはなんなのでしょうか?
私たち天使が報われる時が来るのでしょうか?
人間のがんばりを見ている私たち天使のがんばりは、いったい誰が見てくれているのでしょう!

「私に辞令ですか?」
「喜びたまえ、君は来月から神様だ」
「私が神様?」
「君のがんばりを評価した結果だ」
「あ、ありがとうございます!」
「天使だって誰かが見てくれているのだ」
「私たち天使を見てくれているのが神様⁈」
「そういうことになる」
「そうだったのですね! しかし、私のどういったところが評価されたのでしょうか?」
「何も文句を言わずに天使業に従事してくれたところかな」
「はぁ、まぁ、私も口に出してないだけで文句がなかったわけではないんですけど」
「それから、これはいずれわかることだから最初に言うが、神様も今、深刻な人手不足でな。全部の天使のがんばりをちゃんと見て評価することが難しくなってきている。そのせいか、自分たちの存在に報われなさを感じた天使たちの離職が増えている。天使のがんばりをちゃんと評価出来ずに、みすみす天使を離職させてしまっている神様もまた無力感から離職が目立つようになってきた。だから、神様を増やさないといけない。ただ、神様になってすぐに離職されると困るので、何も文句を言わずに仕事に従事してくれる、君こそうってつけなのだよ」
「そんな……。自信がなくなってきました。私はうまく神様をやっていけるでしょうか?」
「大丈夫。神様となった君のがんばりも、誰かが見てくれている」

【糸冬】

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