まいにちショートショート5『いやしの家』
【いやしの家】
「いそいち市」の旧清掃工場には、かつて「いやしの家」と言う施設が付随していた。
これは、清掃工場でゴミを燃やした熱を利用して風呂を沸かし、その風呂を老人たちに利用してもらおう、という施設で、「いそいち市」在住の65歳以上なら誰でも使えた。
その風呂に隣接した休憩所は、老人たちのサロンとなっており、野球談義や囲碁将棋談義などに花が咲いた。
その風呂はただの水を温めただけだったが、どんなゴミを焼いたかで、天然温泉のように成分が変わったそうな。
木材を燃やした時は、腰痛が楽になったといい、
紙類を燃やした時は、リウマチが良くなったといい、
生ゴミを燃やした時は、内臓疾患に効いたという。
そこに気づく発端は、例のサロンで、
「今日は腰の調子がいい。木でも燃やしているのかな?」
と言う、ただの冗談の域を出ない一言だったが、それを耳にした清掃工場の作業員が暇潰しに調べてみると、その日、ちょうど木材の搬入があったのだと言う。
無論、清掃工場ではキレイに木材のみを燃やしているわけではない。
「燃やしたものの中に木材が目立った」と言うだけだったが、その後、木材の搬入の多い日に「いやしの家」利用者にアンケートをとったところ、「腰の塩梅がいい」と言う声が多数聞かれたため、さらに違う日にも聞き取りをし、その日に主に燃やしたものを調べてみると、上記のような因果関係がわかったという。
これに関して、市は水質調査などをしようとはしなかった。
ただの「思い込み」であろうし、悪いことにはなっていないからだ。
そんなある日、「風呂に入ったら具合が悪くなった」と言う声が相次いで起こった。
市は水質調査を行なったが、水に問題はなし。
しかし、後から調べてわかったのだが、その日はプラスティックごみの巧妙な違法搬入があり、それを燃やしたからだろう、ということが判明した。
それ以来、プラスティックの不法搬入に、清掃工場はいっそう目を光らせるようになった。
また別のある日、風呂に入った老人たちの顔がトロンとなり、不明瞭な言語を話すようになり、よだれや鼻水を垂らすようになった。
そう、まるで違法薬物を摂取したかのように。
老人たちは救急搬送され、精密検査を受けたが、体に異常はなし。
市も水質調査を行ったが、異常なし。
燃やしたものも調べたが、木材も紙類も生ゴミも目立って多くなく、プラスティックごみの不法搬入の痕跡もなし。
新聞・テレビなどのマスコミもこの件については軽く触れたのみ。
その事件があったからかは定かではないが、それから間も無く、市は清掃工場の新設を発表。
それから異例の速さで施工、完成、移転。
旧清掃工場はその役割を終えるとともに、「いやしの家」も閉鎖された。
現清掃工場には、「いやしの家」のような施設は付随されていない。
以上が簡単ではあるが、旧清掃工場での老人たちの異変についてのあらましである。
私はこの件を不審に思い、独自に詳細を調べてみることにした。
もれ聞こえてきた話では、その老人たちは口々に、
「火葬してくれ、火葬してくれ」
と唸ったらしい。
自殺願望があったのか?
それ以上のことを調べてたくても、当時の旧清掃工場の関係者にはこの件について緘口令が敷かれており、ちょっとやそっとでは口を割りそうにない。
しかし、私は4月に職場に再就職で入ってきたオリモトさんが、かつて旧清掃工場の担当職員だったと歓送迎会の時に聞き、1次会がお開きとなった後、無理矢理2件目に誘ったのだった。
酒を注文するかしないうちに、私があの件についてぶつけてみたところ、
「その件か」
と、それまでにこやかだったオリモトさんの目が厳しくなる。
「それを知ってどうする?」
「私の祖父が『いやしの家』に通っていました。もちろん、その騒動に関わっていたわけではなく、その影響で命を落としたわけでもありません」
「当たり前だ。あの件で死人は出ていない」
「しかし、あの件以来、祖父はあんなに楽しみにしていた『いやしの家』通いをぷっつりやめてしまった。何があったかを祖父も話さない。いや、話したくても知らなかったかもしれない。祖父の代わりに知りたいのです。あの日、何があったのか。老人たちはなぜ『火葬してくれ、火葬してくれ』と口にしたのか」
「後悔しても知らんぞ」
「お願いします」
「『聞かなきゃよかった』と思うぞ、きっと」
「覚悟の上です」
「その日は11月に入ったばかりだった。清掃工場には続々とゴミが運ばれてきたよ。コスプレ、看板、もちろんカボチャ……、10月末のイベントの残骸がな」
「……まさか、……ハロウィン」
「浮かれた連中の思いを焼いたんだ。その熱で沸かしたお湯に入った老人たちも浮かれるに決まっている」
「『火葬してくれ』と言ったのも……」
「火葬じゃない。仮装のことだ」
「あぁ、聞かなきゃよかった……」
【糸冬】
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