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まいにちショートショート3『ラーメン店「くいーん」』

【ラーメン店「くいーん」】


「いそいち市」に変わったラーメン屋がオープンしたらしいとの情報を得たアヤセは、わくわくが止まらない。

アヤセは隣県の「いわがわ市」出身で、仕事で「いそいち市」に住んでいるのだが、職場でも「いそいち市」周辺はおろか九州南部のラーメン通として知られており、SNSでもフォロワーが多い。

そんなアヤセが、この「いそいち市」に自分のまだ知らないラーメン屋がある、しかも、SNSでも情報が出回っていないのであれば、自分がその存在を知らしめる最初の人物になってやろうと、自己顕示欲が食欲とともにその胃袋からむくむくとはち切れんばかりに溢れていた。

いざラーメン屋へ。

「くいーん」という屋号の新しい店だった。

中に入る。

カウンターに5席。テーブルが3つ。

店内を見渡して、アヤセは他のラーメン屋と違う店を発見した。

皆、ラーメンと一緒に弁当を食べているのだ。

アヤセは店内の貼り紙を見渡したが、ラーメンのメニューと「水はセルフで」以外に、弁当のメニューも、「持ち込み自由」という貼り紙も見られなかった。

(どういうことだ?)

とにかく、注文するしかない。

アヤセは、とんこつラーメンを注文した。

待つこと5分。

「はい、お待ち」

とカウンターに置かれたのは、とんこつラーメンとトンカツ弁当であった。

とんこつラーメンもトンカツ弁当もかなりのボリュームがある。

どちらか1品だけでもじゅうぶん満腹になりそうだ。

これは心して食わねばならない。

「いただきます」

と、アヤセはまずはとんこつラーメンに取り掛かる。

クリーミィとんこつで、まさしくアヤセの好みのラーメンであった。

麺をある程度食べてから、次はトンカツ弁当に取り掛かる。

トンカツ弁当もこれまた美味。

最初の心配もなんのその、アヤセはとんこつラーメンのスープも飲み干し、トンカツ弁当のたくわんまで食べ切った。

「ごちそうさまでした」

「あんちゃん、いい食べっぷりだね」

ラーメン屋の店主も顔がほころぶ。

「どうして弁当がついてくるんですか?」

「うちの娘婿が弁当屋を始めてね。それで皆さんに知ってもらいたくて」

「なるほど」

お会計もラーメン1杯分だった。

弁当の試食もさせてくれるラーメン屋、これは確かに面白い。

アヤセはすぐにSNSに投稿。

反応は上々。

アヤセはそれから、故郷・いわがわ市にいる親友のオノミに電話をかけた。

オノミは学生時代、よく2人で地元のラーメン屋や定食屋に足を運んだ仲だ。

「見たよ、SNS。俺も行ってみたいね」

「でも、40過ぎた胃袋には結構こたえるぞ」

「構うもんか。いいな、アヤセは。いろいろ食べ歩きできて。こっちは田舎であんまり店がないから、食べ歩きってもたかが知れてるよ」

「たまには『いそいち市』に出てくればどうだ?」

「近いうちにそうするよ」

2人は近日中の再会を約束した。


アヤセはこの「くいーん」を気に入って、間を置かずに再度訪れた。

今回は職場の飲み会の帰りで、締めのラーメンが欲しくなったからだ。

前回と同じくとんこつラーメンを注文すると、案の定弁当がついてくる。

今回は酢豚弁当だ。

(まあ、弁当は持って帰って、明日の朝飯にでもしよう)

アヤセがそう思った時、

「ちょっと、スープが残ってるよ!」

店主の声が店内に響き渡る。

見ると、1人の男性客が店主と対峙していた。

「だって、食いきれないよ。ラーメン1人前と、弁当1人前は」

「2人前も食いきれない奴が、ラーメン屋に入るんじゃないよ」

「誰も弁当なんか頼んでないよ!」

「うちの娘婿の気持ちを踏みにじる気か!」

「そんなもん、知ったこっちゃないよ!」

これはまずい、と思ったアヤセ、たまらず2人の間に割って入る。

「まぁまぁ、ご店主、落ち着いて」

「あんたには関係ないだろ」

「確かに、この人の言うとおり、量が多くて食べきれないというのもある」

アヤセは男性客に向かって、

「あんたも弁当は持ち帰ればよかったんだ」

「弁当持ち帰りは禁止だよ」

店主が言う。

アヤセは振り向き、

「そうなんですか?」

「キレイに完食してもらう。それがうちのルールだ」

「そんなルール、この店内のどこにも書いてないだろ」

「俺の顔に書いている」

「そんな無茶苦茶な」

「あんた、あれだろ。有名なラーメン通なんだって? ラーメンはおしゃれ感覚で食うもんじゃないんだよ。この田舎者が」

「い、言い過ぎだ」

「俺は東京で修行して、東京の食通を満足させてきた。こんな九州の片田舎で食べ歩きしてるくらいで通ぶるな。この田舎食通が! 田舎胃袋が!」

アヤセの怒りに震える右手は、掴んだ割り箸で店主の左頬を貫通させた。


いわがわ市のオノミの電話に信じられない知らせが入ったのは、それから3日後のことだ。

アヤセが死んだ。

(そんなバカな)

信じられず、オノミはアヤセの実家に向かった。

忌中の看板があった。

家にあがる。

置いてある棺の中の人は、まさしくアヤセ本人だった。

「なぜ!」

事情はこうだ。

3日前、アヤセはラーメン店「くいーん」の店主と揉めて、店主の左頬を割り箸で刺した。

店主の命に別状はなかったが、事態を重くみた「いそいち市ラーメン店組合」は、綾瀬がSNSでフォロワーも多いラーメン通であることも考慮して、翌朝にはアヤセに切腹を命じる。

アヤセは正午を回らぬうちに、見事に腹を切ったと言う。

「何も言わない、立派な最期だったようで」

アヤセの父親は気丈に話した。

切腹?

この現代日本にそんな話があるのか?

しかし、現に目の前には物言わぬようになったアヤセがいる。

(これはアヤセの死の真相について、ちゃんと調べねばなるまい)


この後、オノミはアヤセの死の真相を調べ、ラーメン店「くいーん」店主の言葉の暴力を知り、ラーメン通の同志を引き連れ、事件から1年後に、見事、ラーメン店「くいーん」店主の首級をあげるのである。

これが世に名高い「ラーメン義士伝」の発端である。


【糸冬】

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