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初雪

 初雪が降った。

 毎日が吹雪という、雪国で暮らしている人たちには申し訳ない程度の量しか雪は降らないのに、雪慣れしていない関東の人間は、数センチ積雪があっただけでも大雪という。同じ関東に住んでいながら、何とも決まりが悪いものである。

 カーテンを開けるまでもなく、窓の向こうがいやに明るく見えるのは積雪のせいだと分かってはいるが、久しぶりに見るそれは何だか不思議な光景である。

 どれぐらい雪が降ったのかと外に出て空を見上げれば、どんよりと、そこにはいつもの夜空では決して見られない妙な重々しさ、鬱陶しさがあった。空にも人には滅多に見せない表情と言うのか、それこそ空模様があるのだと思った。

 肩に舞い落ちた雪は水っぽかったが、それは何だかずいぶん遠くへ来た人間が感じるような、そんな思いに私をさせた。

 長いことずっと寒椿だと思っていたさざんかが、見頃を迎えていた。そのさざんかの紅が、白い雪に覆われて雪化粧をした。所々から遠慮気味に顔を出すそれは、殊更紅く見えた。

 雪が降って足元が悪い庭で転んだとあっては、次の日の笑いの種になるからと、近づいてゆっくり眺めることもなく家の中に入ったが、間もなく子供の頃に恐怖を覚えたあの音が、また「ドスンドスン」と聴こえてきた。

 降り積もった雪が屋根から滑り落ちる音である。

 子供の頃は一体何事かと、家族が寝静まった真夜中に私はひとり恐怖に怯えて、布団の中で丸く身を縮めていたものだった。大人になって、雪が落ちる音だと分かっている私は、布団の中で丸くこそならないがあの頃のまま、雪が落ちる度にドキリとする。

 何だか酷く懐かしいなと思った。

 ありがたいことに、盛大に雪かきをしなければならない程、雪は積もらなかったが、電車は随分と遅れて走っていたようだった。

 もうそろそろ寝床に入って休もうかと思っていた頃、電車の走る音がガタンゴトンと聴こえてきた。こんな夜中に電車を運転している人間や、それに乗って揺られて帰ってくる人間もいるのだと、普段考えもしないことを私は考えたりしていた。

 雪の降る夜は、世間の雑踏を吸収する代わりに、普段は聞こえない音が聞こえたりする、それは不思議な夜である。

 そんな雪も今年はこれが最初で最後なのだろうか。そうは言っても、まだ二月である。ついこの間、節分を迎えたばかりであるが、暦の上では立春も過ぎたのである。春である。

 そうは言っても、私の鼻の頭はまだまだ冷たい。春はまだ幾分「遠くありにけり」のようである。


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