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マダムキラー

 若い頃から「マダムキラー」という愛称を持っている男がいる。 

 その男は、そこら辺にいる気のいい男たちと同じように普通に話しているだけなのだが、どういうわけか年配のマダムたちが磁石に吸い寄せられるように、不思議とその男に寄って来るのだった。

 つい先日も秋めいて来て夕方、薄暗がりに香る金木犀の匂いを嗅ぎたくて、男が散歩に出かけた時のことだった。男がそこらにいた猫をかまっていると、後ろからやはり、食後の散歩に出かけたという見た感じ七十代の、妙に艶めかしいマダムに不意に声を掛けられたという。

 マダムは人恋しかったのだろうか、その男に昨年 先立たれた亭主の話をしたり、さっきまで参加していたサークルで五、六人の人たちと楽しく話をして来たことや、息子夫婦が家を出て行ったこと、リサイクルの電話がかかって来て不用品を処分したこと、若い頃、証券会社に勤めていたこと、ここら辺に引っ越して来てもう半世紀になること、とにかく 男が訊ねもしないことをまるで昔の友人に会ったように、それは流暢に次から次へと止めどなく男に話して聞かせたという。

 猫を構いながらしゃがみ込んで話していた男とマダムは足が痛くなり、立ち上がって話をしようとしたのだが、マダムは重力に勝てず一人で立ち上がるのが大儀そうだった。そこで何のためらいもなく男はマダムにそっと手を差し出し、マダムの手を取り立ち上がらせたのだった。

 こういうところが「マダムキラー」の異名を持つ男の所以なのかもしれない。

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