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大須健太・作品集 Ⅰ

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メンバーシップ会員の方に向けて書き下ろした、エッセイや写真詩、小説をありとあらゆるところから集めた作品集。
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ひとりで死んでいく覚悟

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真夜中の感謝状

 街を歩いていると、またこの匂いがしてきた。秋の訪れを知らせるキンモクセイである。 ずいぶん昔だったら、春夏秋冬もそれぞれ堪能できるくらい一定の期間があったものだが、この一〇〇年で春夏秋冬も大きく変わってしまった。  街を歩いていると、あちこちでコスモスを見かける。コスモスは私にとって、そして私の母にとって特別な花である。それはずいぶん前にエッセイにも書いたのだが、子供の頃の私と母を結ぶ共通の思い出の花なのである。  今年は母が大病をしたせいで、我が家の暮らしは一変したが

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未熟な童話・そこに存在(ある)もの

 今日はとてもいい天気です。晴れ渡った青空には一つ白い小さな雲が浮かんでいて、その反対の向こうにはもう一つ、雨を降らす黒い雲が浮かんでいます。  どちらも別に仲が悪いわけでもありませんし、喧嘩をしているわけでもありませんが、二つの雲は呑気にプカプカプカと、風に吹かれて気持ちのいい青空を、当て所なく黙って気ままに漂っています。  ちょっと下を見れば、雀の家族が旅行へ出かける途中でしょうか。群れをなして気持ち良さそうに、羽を思い切り伸ばしてチュンチュンチュンチュンと、楽しそう

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別れの時は別の顔

 子供の頃、近くの田んぼでおたまじゃくしを網で掬って、家に持って帰って来たことがあった。水道水そのままではおたまじゃくしは死んでしまうから、正月に食べた酢だこの入っていた白いバケツに水を汲んで、一日陽に当てて塩素を飛ばし、そこに掬って来た大量のおたまじゃくしを放った。  はじめは酢だこのバケツの中を、元気いっぱいチョロチョロと泳ぎ回っていたおたまじゃくだったが、数日すると一匹死に二匹死にと、日を追う毎にどんどん数が減っていった。そして、終いには一匹となってしまった。  生

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ハクジョウ者

 私用で電車に乗った。目的地について用を済ませたその帰り、私は駅の構内にいた。友人たちと立ち止まりコンビニエンスストアの中を覗いていたら、私の足を容赦なく杖でピシャリと叩き払った女性がいた。驚いて振り返ると、女性はムッとした声できつく私にこう言った。 「この上に立たないで!」   女性は右手でスーツケースを引き摺りながら、左手で白杖を持ち、点字ブロックの上をスタスタと歩いて行くと、間もなくホームの中へ消えて行った。    女性は視覚障害者だった。  私は済まないと思いす

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ワインレッドのブックカバー

 そんなに多くはないが、たまに人様から物を頂いたりする。そうは言っても、旅行の土産のお菓子とかそういった気の張らない類の、ちょっとしたものが殆どだが、中には分不相応なものも頂いたりすることも、これまたたまにだがある。  もう随分と前のことだが、私の祖母は存命中、私の誕生日となると毎年欠かさず何かしら祝いの品を贈ってくれた。離れて暮らしていたので、決まっていつも小包か電報だったが、その中にすっかり忘れていた品物があった。それは、ワインレッドのブックカバーだった。革製の、文庫用

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本当の死を迎える時

 別段、特に何もなく過ぎてゆく毎日の暮らしの中でも、本当に時々だが、幸せや喜びを感じる日が幾日かある。  忘れないように、と日記を書くことがある時期まで私の習慣となっていたが、年々、増えていくばかりの日記帳を見ていたら、昭和天皇じゃあるまいし、こんな私的な事を書き留めた日記帳を誰が読み返すというのだろう、いや、読まれてたまるかという思いに変わった時、私は日記をつけるのをやめた。  何かの折に、何年何月何日に何があったと後々、どうしても思い出したい時が不意にやって来る。  

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お猪口、徳利、明太子

 高校生の時だったか、私は珍しく昔から良好な関係ではない父に修学旅行の土産として、お猪口と徳利を買って帰ったことがあった。 私は大人になった今でも酒というものを飲まない人間だから、その徳利に一体どれぐらい酒が入ったのか分からず仕舞いであったが、とにかくその徳利は父が酒を燗して飲むにはちょうどいい量が入ったようで、中々重宝されていた。

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彷徨える亡霊たち

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目標達成

 いつも、しなければいけないと思いながらも忙しさにかまけて、いや、ただただ面倒くさいという怠け心に漬け込まれて、年の初めに立てた今年の目標を達成するための努力をせずに、今年も残り四ヶ月というところまで来てしまった。  私の悪い癖である。  ひとつ言い訳をするならば、母の突然の大病で、母の生活も私の生活も全てが激変してしまった。親不孝の限りを尽くし、生活のすべてを母親任せにしていたツケが、こんな形で私に襲いかかって来るとは夢にも思っていなかったが、そんなことも、今年の目標を

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梅便り

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ゲゲゲの信子

 私が小学生の頃、自分がバスに酔う子供だということに薄々気がつき始めた頃のことである。同級生に同じくバスに酔う女子・真田信子がいた。  信子が育った家庭はまあまあいい暮らしをしていた。そうと分かったのは、社会科の授業の時だったか、家庭科の授業の時だったか、どういう訳だか冷蔵庫の話になった。今でこそ、扉が左右どちらからでも開くとか、ラップなしでも鮮度が落ちないとか、様々な機能が搭載されているが、その頃まだ珍しかった冷蔵庫と冷凍庫の他にチルド室があるものを信子の家は使っていた。

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読書の手解き

 読書に関する思い出は、私の中でたくさんあるが、何がきっかけで本を読むようになったか、明確には覚えていない。ただ、可能な限り私にあらゆる本を読ませてくれたひとりの女性を、私は今も忘れることが出来ない。  当時、私が住んでいた町には、県立図書館と私立図書館の両方があった。家から近かったのは県立図書館の方であったが、県立図書館よりも私立図書館の方が、本の種類がバラエティに富んでいた。私は家から遠い私立図書館へ、よく自転車を走らせて県立図書館では読めない本を読みに、そして借りに毎

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絵本出版賞受賞の舞台裏

 普段私は、特に何も考えずにのんきに暮らしている。そういう部類に入る人間だと自分でも思っているが、決して何も考えていないわけではない。  世の中のことや自分自身のこと、年老いていく親のこと、ゆくゆく支払っていかなければならない固定資産税のこと、自分の将来のこと、健康のこと、友達のこと。それはそれは考えなくていいことまで 考えている。  そういった意味では決してのんきではないのだが、こうなりたいというものが明確にはなかった。それが昨年、変わってしまった。

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