カムループスの日々

最初のスロープスタイル大会を終えて、今までにない熱を持って帰ってきた後ですが、恐らく皆さんのご想像の通り自転車漬けです。はい。

英語ができない、将来の不安、お金がないなどはどうでもよくなりました。

この時から、「今これだけアツいもので100%やりきれなかったら、他のことで何をやっても中途半端になるのは明白で、それは嫌だし、どこまでいけるのか知りたいな」と考えるようになりました。

長期的な自分の方向性を考えることを頭の片隅に置きながらも、その日その日で自分をプッシュできればできるほど、夕方の散歩の気持ちの良いこと!「今日も体は痛いけど、けが無く五体満足で新しい街を何にも考えずに(たまにいろいろ考えながら)散策する安堵感とワクワク感」これにハマっていました単純に。

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夏の間、夕方7時ごろには毎日ダウンタウンのリバーサイドパークでライブ音楽がやっていて、町の人がなんとなーく集まって芝生の上でゴロゴロしながら音楽を聴きながら夕涼み、激しいライドを終えた後のこの時間が最高に好きでした。

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今でも、この先落ち着くことがあるならこういう環境のある町に住みたいと思うくらいカムループスのことが大好きになっていきました。

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ネイティブのホームレスや、ヤク中の集まるゲットーエリア、たまにギャングの抗争なんかもあったけど最高に住みやすい場所。僕にとっては第二のホームのようです。

さて、町のことは2,3シーズン目でも少し触れたいのでこの辺にして、バイクランチでの出会いについて少し。

パンクロックバンドにいるんですか?という感じだけどめちゃ優しいモーガン。

当時はエレメンタリー(小学校かな)を卒業したばかりで小っちゃかったけどその時は僕と同じくらいのレベルで切磋琢磨したソーレン、彼は今やクロマグなどにサポートされてるカムループスの次世代スターですね、去年久しぶりに会ってうれしかった。

かなり不愛想だけど、中身はいいやつでローカルキッズのボス的な存在のレーン。(チェーンリングを直してくれたのは彼のパパ)

そして毎日バイクランチに行っていたので一番話すことが多かったトレイルビルダーでバイクランチの管理人兼ビルダーのブラッド。

ブラッドは多分フリーライドに詳しい人なら知ってると思うけど、数々の有名トレイルや撮影用のビックジャンプを手掛け、アギーやマットハンターなどと並んでカムループスを代表するハードコアな人です。

後にブラッドにはカムループスの超ハードコアなシーンにいろいろ連れて行ってもらうのですが、この時は「パワフルでしゃべるのが早い人だなあ、この人がここを全部作ったんだ、すご!」と思っていました。。。いや、今でも思っています笑

バイクランチは今やシティーからのお金をもとに運営されている公共のパークですが、もともとごみ溜めだった谷にMTB黎明期のハードコアたちが勝手にジャンプを作り出したのが始まりだったようで、ちょっと土がやせればごみがたくさん出てくるし、遊びに来た連中もごみをぽいぽい捨てていって時折結構汚くなるので、ブラッドやこの場に対する感謝も込めて家からごみ袋を持って行ってごみ拾いをしたりしていたのですが、ある日ブラッドの子供のケイデン(当時たしか4歳)と一緒にごみ拾いをした時からブラッドとは仲良くなりました。

さて、1シーズン目はまだバイクランチのジャンプのうち半分も飛べず、「このデカいのは飛ばなくてもいいかなあ、むりっしょ」と思っていたものもいくつかありました。結果バイクランチに3シーズンも通い続けられたのはそんな自分の中の「無理」の壁を少しずつ壊していく段階が踏めたことと、常にそこにある次の目標、次の次の目標を意識できたからなのかな。

そんな場所だからこそ、この時はすでにまたここに戻ってくることを決めていました。

話は尽きないのですが、この辺でもう一つのダートジャンプイベントに行った時の話に移ろうと思います。

この時の話はネタでしかないので、書くのも楽しみ笑

つづく


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