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美大講師の本棚【お薦めの10冊】

こんにちは、遠藤大輔です。フリーのグラフィックデザイナーとして活動しつつ、ニューヨークにあるプラット・インスティテュートという美大でコミュニケーション・デザインを教えています。

これまでの美大での活動を振り返り、『デザイン、学びのしくみ』という本を書きました(2023年7月20日刊行)。美大のカリキュラムや学習環境、さらに課題や授業を具体的に紹介しながら、創造力を伸ばす方法を詳細に解説しています。

『デザイン、学びのしくみ』表紙のイメージ
デザイン、学びのしくみ/美大講師が考える、創造力の伸ばし方


本を読み、本を書く

正直、自分が本を書くとは夢にも思っていませんでした。初めて本を書くにあたって僕が採用した方法は、これまで参考にしてきた名著を読み返し、そこから刺激を受けながら、自分の文章を書くという、ずいぶん他力本願な方法でした。結果、『デザイン、学びのしくみ』は、ずいぶん引用や参照の多い本になってしまいました。とはいえ、新しい知識というのは、これまでの知識の上に積み上げられていくものですから、それはそれで真っ当なアプローチだったのかもしれないと思っています。少し厚かましいですが、名著を参考にしながら自分の記憶を振り返り、本を書いていく作業は、知の巨人たちとコラボレーションをしているようで、とても刺激的でした。

以下のリストは、僕が本書で参照したり引用した本のリストの一部です。これらの本は、僕がこれまでデザインのコースを設計したり、講義を準備したりするときに参考にしてきた本でもあります。きっとみなさんのデザインの学びにも役立つことと思いますので、ぜひご紹介させてください。


美大講師の本棚【お薦めの10冊】
美大講師の本棚【お薦めの10冊】

 


『ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則』

ミッチェル・レズニック、村井裕実子、阿部和広、酒匂寛 訳

幼稚園を考案したことで知られるフリードリッヒ・フレーベルは、子どもたちがある特定の条件の元でよく育つことを理解していました。彼は「教育の役割は、それらの条件を整えることである」と言い切っています。

MITメディアラボのミッチェル・レズニック教授は、『ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則』の中で、創造的な学びに欠かせない条件として、プロジェクト、パッション(情熱)、ピア(仲間)、プレイ(遊び)の四つを挙げ、それぞれの頭文字をとって「四つのP」と呼んでいます。レズニック教授は、世界中で2500万人以上の若者たちが参加するプロジェクトや、オンラインコミュニティでの活動を通して、この「四つのP」の効果性を実証しています。

美大の授業には、多くの場合すでにその4つの条件が含まれていますが、そのしくみを正しく理解し、バランス良く学びの場を設計することで、学生の自立的な学びを加速できます。僕のクラスでも、この「四つのP」の効果が最大化するようにクラスを設計し、その効果を確認できています。



『やり抜く力 GRIT(グリット) 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』

アンジェラ・ダックワース、神崎朗子 訳

アンジェラ・ダックワース教授は、成功を収める人に共通する特質として『やり抜く力(グリット)』を挙げています。確かに、どんなに才能があっても、努力が続かなければ成果は上がりません。

例えば、ダックワース教授は、本書の中で「才能とは、努力によってスキルが上達する速さのこと」であると述べています。確かに、学生の中には、他の学生と同じ授業を受けていても飲み込みが早く、あっという間に成長する才能に溢れた学生がいます。とはいえ、ダックワース教授の言葉からもわかるように、才能とは、あくまでも努力があってはじめて開花するものです。実際、才能よりも努力のほうが大切です。ダックワース教授は本書の中で、「2倍の才能があっても、2分の1の努力では負ける」と述べていますが、これは、僕の観察とも一致します。

本書の中では、成長に不可欠な『やり抜く力』をどのように伸ばすことができるか詳しく説明されています。ちなみに、彼女の『やり抜く力』に関するTEDのレクチャーは、3,000万回も再生されています!



『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』

ダニエル・ピンク、大前研一 訳

ダニエル・ピンクは、名著『モチベーション3.0』の中で、外部から与えられる「アメとムチ」式の動機付けが前世紀の遺物であり、新しいアプローチが必要であると主張しています。彼は、人のやる気を引き出す要素として、「自律性(自分の人生を自ら導きたいという欲求)」、「熟達(自分にとって意味のあることを上達させたいという欲求)」、「目的(自分よりも大きいこと、自分の利益を超えたことのために活動したい、という切なる思い)」の三つを挙げています。

例えば学生は、デザインが上手くなればなるほど(「熟達」すればするほど)、さらに上手くなりたいという動機が強くなっていきます。僕のプラットの授業では、課題の難易度を段階的に上げていったり、定期的に自分の成長を振り返る機会を設けることで、学生が自分の成長を実感できるようにしています。



『かくかくしかじか』

東村 アキコ

漫画家東村アキコさんの自伝エッセイ漫画(女性漫画家版「まんが道」)『かくかくしかじか』では、作者が有名漫画家になるまでの歩みが描かれています。特に、日高先生というメンターとの出会いを通して、作者がどのように成長したかがリアルに描かれています。

物語の中で、主人公が美大に入った後、絵が描けなくなってしまう姿に、デザインを教える者として、深く考えさせられました。絵が描けなくなってしまう原因はいろいろあると思いますが、その一つは「描くべき理由」について考えすぎてしまうことかもしれません。

美大の授業では創作の動機や理由を問われることがありますが、それが逆に学生の創作意欲を削いでしまうことがあります。また、何かを生み出すために特別な理由は必要なく、ただ手を動かし「描くこと」ではじめて、新しい景色が見えることもあるでしょう。そもそも、創作意図を言語化できないからこそ、視覚化したり、形を作るのです。

「なぜ」という質問は、物事を掘り下げて考えるためにとても大切ですが、場合によっては理由を尋ねることを控えるべき時があるのではないかと思います。学生たちの創作を支える上で、この物語はとても参考になりました。



『ロードアイランド・スクール・オブ・デザインに学ぶクリティカル・メイキングの授業 アート思考+デザイン思考が導く、批判的ものづくり』

ロザンヌ・サマーソン、マーラ・L・ヘルマーノ編著
久保田晃弘監訳、大野千鶴翻 訳

QS世界大学ランキング、アート&デザイン部門、世界3位(米国1位)にランクインする、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)のデザインの授業を紹介した本です。

特に「素材との対話」について扱った章は、デザイン教育の本質と造形言語の可能性に関して深い洞察を与えてくれます。正直なところ「アート思考+デザイン思考」といった副題では説明しきれない、素晴らしい内容です。とはいえ、本書の内容は、文章を読むだけでは十分に理解できないかもしれません。むしろ、造形を通してその内容を自分なりに咀嚼することで、その本質を理解することができるように思います。

僕のクラスでは、本書を課題図書の一つに指定して、クラス全体でディスカッションした上で、一学期をかけてじっくり「素材との対話」に取り組みます。書体というグラフィックデザイナーにとってのメインの素材と、制作を通して対話しますが、この課題を通して学生たちはタイポグラフィを体で理解できるようになってゆきます。学生たちは、こうした課題を通して、将来の学びを加速する学習モデルを獲得してゆきます。



『決定版 脳の右側で描け』

ベティ・エドワーズ、野中邦子 訳

「絵が描けなくてもデザイナーになれる」と言われることがありますが、もちろん絵が描けるに越したことはありません。美大のカリキュラムも、たいてい「ドローイング(デッサン)」から始まります。

絵が描けない(目の前のものを、ありのままに描くことができない)原因は、多くの場合、描写力よりも観察力にあるようです。例えば、左脳には、目で見るものを記号として捉えようとする働きがあるそうですが、それが目の前のものをありのままに見ることを邪魔するようです。この『脳の右側で描け』では、そうした視覚的バイアスをいかに乗り越え、目の前のものをありのままに見ることができるか、詳細に説明されています。実際、本書の中で紹介されている課題を一つずつこなしてゆくと、本当に誰でも絵が上手に描けるようになります。(本当です!)

ちなみに本書は、スタンフォード大学の修士課程で、エンジニアに絵の描き方を教えるために使われていたそうです。イノベーションを目指すエンジニアたちも、絵を描くことで観察力や表現力を鍛えたのでしょう。エンジニアが絵を学ぶ必要があるのであれば、デザイナーはなおさら絵の描き方を学んでおいたほうが良いのではないかと思います。



『クリエイティブ・マインドセット 想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法』

トム・ケリー、デイヴィッド・ケリー、千葉敏生 訳

人はもともとクリエイティブです。大人になるにつれて創造力が衰えるように感じることがあるのは、創造力の問題というよりは、評価されることに対する恐れや、不確実性に対する恐れが原因のようです。

IDEOの創業者であるトム・ケリーとデイヴィッド・ケリーは、『クリエイティブ・マインドセット』の中で、創造性を阻む恐れをどのように克服できるかを詳しく説明しています。(ちなみにこの本の英語のタイトルは「クリエイティブ・コンフィデンス(創造的な自信)」となっています。)

課題の制作に本気で打ち込もうとしない学生を、「やる気がない」と評価するのは簡単です。「できる」人からすれば、「できない」理由は理解し難く、ゆえにそれを学生のやる気の問題にしてしまうことがあります。しかし、学生が課題に本気で向き合えないのは、ある場合、意欲の問題ではなく、恐怖の問題でもあることを覚えておくことは大切です。学生の制作に伴走し、創造に伴う恐れを乗り越えられるよう支えることで、学生の創造力が解放され、素晴らしい作品が生まれることが良くあります。



『西洋美術史入門』

池上英洋

学生時代、この池上英洋さんの『西洋美術史入門』と出会えていたら、僕の美術史の授業に対する意気込みはまったく違っていたことと思います。

学生のころは、古代エジプトやバビロンの美術を見ても、それが自分の作品とどう繋がっているのか理解できず、授業は講義を聞き流すだけの時間でした。今思えば、体系的に美術史を学べることがいかに贅沢かがよく分かりますし、エジプトのヒエログリフと絵文字との関係を考えるだけで興奮しますが、歴史の大切さを理解するには、当時の僕は未熟すぎました。

学生は、美術史を学びながら、審美眼を養うだけでなく、造形の歴史的文脈を理解し、共通言語を獲得していきます。デザインの実務の中でも、美術史や特定の様式美がよく参照されます。さらに、美術史を学ぶことは、美術と人間の関係を理解することでもあります。山口周さんが述べているように、美術史も含めて「リベラルアーツを学ぶということは、一見遠回りに見えますが、人間というものの普遍的な本性について皮膚感覚で知るとともに、人間理解を深める最も効率的なルートだといえます」。そうした本質的な人間理解は、意味のあるデザインを生み出すために不可欠でしょう。



『僕らの仮説が世界をつくる』

佐渡島庸平

遊びと学びは一見相反するように思えるかもしれませんが、最高の学びは遊びのように楽しいものです。「仕事とは、しなくてはいけないからすることで、遊びとは、しなくてもいいのにすることである」とマーク・トゥエインは述べていますが、同じことが学びにも当てはまるでしょう。

では、しなければいけない学びを、しなくてもいい遊びに変えるには、どうすれば良いのでしょうか。その一つの方法は、与えられた課題に対して、自分なりの仮説を立て、実験してみることです。求められている正解を探すのではなく、「もし〇〇だったら」と考え、自分なりの正解を生み出すことにチャレンジしてみるのです。

例えば、「お茶のパッケージをデザインしなさい」というデザインの課題を考えてみましょう。お茶の好きな学生であれば、すぐにかわいらしいパッケージがいくつも頭に浮かんでワクワクするかもしれませんが、少し立ち止まって「なぜ人はお茶を飲むのか」を考えてみます。すると、お茶の味や香りを楽しむ以外にも、お茶を飲む理由がいくつも思い浮かびます。例えば、気になる子をお茶に誘うのは、お茶を飲みたいからではありません。では、人間関係を豊かにするお茶とはどんなお茶でしょうか。そのお茶はどんなパッケージに包まれているべきでしょうか。妄想から、いくつかの仮説が生まれ、課題は遊びに変わります。それは、デザインの最高の学びになります。なぜなら、デザインとは、そうした仮説を形にするプロセスだからです。

仮説を立てることが、創造を飛躍させます。単に問題を解決するだけなく、「もし〇〇だったら」と自問できるかどうかが、デザインのレベルを押し上げます。この『僕らの仮説が世界を作る』では、『宇宙兄弟』や 『ドラゴン桜』を大ヒットに育て上げた編集者である著者が、仮説の立て方を詳しく紹介しています。



『[新訳]経験経済 脱コモディティ化のマーケティング戦略』

ジェイムズ・H・ ギルモア、 B・ジョゼフ・パイン・二世、電通「経験経済」研究会 訳

経済学者のギルモアとパインの二人は、この1999年に出版された『経験経済』の中で、経済の発展に伴って、顧客価値がコモディティから体験へとシフトすることについて論じています。スターバックスの事例などからも明らかなように、私たちはその変化を過去20年にわたり見てきました。

コモディティから体験への価値のシフトを、教育に当てはめることができるでしょう。もちろん、教育はビジネスではありませんが、グーグルの登場で誰もが簡単に知識にアクセスできるようになった今、教育の現場でもますます体験を通した学びが重視されるようになっています。

さらに著者は、経験経済を演劇に見立てていますが、教育も演劇と捉えることができるでしょう。教室という舞台の上で、教師と生徒は演者として、それぞれ自分の役割を演じ、記憶に残る学習体験に参加します。この見立ては、教育体験をデザインする上で、深い洞察を与えてくれます。



そのほか

さらに以下のノートの記事では、これまで繰り返し授業で引用してきたデザインの定番書を5冊ご紹介しています。これらの本を読むと、デザインの背後にある理論、つまりロジックがわかります。デザインがどういう構造や仕組みで機能しているのか、理解できるようになります。ぜひ、参考にしてみてください。



ブックフェア

7月20日の『デザイン、学びのしくみ』の刊行に合わせて、以下の4つの書店でブックフェアが開催されます。『デザイン、学びのしくみ』に加えて、上記の本も一緒に陳列されます。この記事では紹介しきれなかった本も数冊ありますので、ぜひ足を運んでいただければ幸いです!!

  • 代官山 蔦屋書店(只今開催中!!7月19日〜)

  • 立川 オリオンノルテ(8月初旬頃)

  • 立川 ジュンク堂書店(準備中)

  • 池袋 ジュンク堂書店(8月第2週頃スタート)

代官山蔦屋書店


今回ご紹介した本を読むほうが、僕が書いた本を読むよりもずっと役に立ちますが、『デザイン、学びのしくみ』も手にとっていただければ嬉しいです。本の内容を、どのように実際のデザインの授業に応用できるか、ご覧いただけることと思います。

『デザイン、学びのしくみ』表紙のイメージ
デザイン、学びのしくみ ニューヨークの美大講師が考える、創造力の伸ばし方


遠藤大輔の本棚
美大講師の本棚【お薦めの10冊】

 


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