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やまねの塒日誌|vol.27|お仕舞いについて考える

大山町で暮らす祖父が牛飼いを仕舞うとのことで
繁殖用の雌牛を競りに出すのについていった。
夫はちょくちょく手伝いに来ていたので
慣れた手つきで牛を牽いていく。

夜も明けきらぬころ、祖父の家へ。
集落内の道は狭いので、運送用のトラックが来てくれる集落の入り口まで歩く。
あ、きたきた。
牛の運び屋さんは、自らも牛屋さんでもある。

祖父の腰は大きく曲がっているけれど、
身体も心もしっかりしていて、動きもかなり機敏だ。
世話焼きで、頼りになるところも健在。
(ちなみにお肌も結構綺麗)
私からはそんなふうに、相変わらずかっこいい祖父に見えるけれど
90歳という年には勝てないのだろう。
まして、牛はとても大きく、力づよい。
出荷のための競りに出すときには、必ず夫にヘルプ要請が出るようにもなった。
長年の経験から扱いに慣れているとはいえ、
なかなか難しいことも増えてきたのだと思う。

牛を積み込んだら、競りが行われる市場へ向かう。
ちょっと時間があるので、うちでコーヒーを一杯。
長旅、おつかれさん。
トラックから降ろして、持ち場へつなぐ。
肉牛を中心に、子牛から成牛までズラリ。
意外とかなり個性豊かだ。

出した雌牛の体重は412kgだった。
大きくて、さわるとあたたかく、ものすごい存在感で。
こんな生きものが家にいる暮らしが
ほんのひと昔前はスタンダードだったというのは驚きだし、
ちょっと羨ましくも思う。

体重を測ってから、競り場へ。
お金がどんどん動く。アツい!
待機中の牛と夫。どちらも瞳が優しい。

この雌牛の日齢5507日、年齢にして15歳。
ヒトでいうといくつなんだろう。
曲がりなりにも畜産系の学校を修了したはずなのに
曲がりすぎててよくわからないのだけれど
たぶん、かなりのおばあちゃんなんだろうな、ということだけはわかる。

仲間とおしゃべりしてみたり、牛の前に佇んでみたり。

それでもなんとか売れてくれて、ほっとする。
お昼過ぎになって子牛の競りが終わり
やっと成牛の順番が来ても、祖父は特別見送るでもなく
「あとはヒロノブ(夫)に任せる」
と、表面上 意外とあっさりだった。
祖父にとって、牛飼いは何十年もの間ずっと好きで続けてきたこと。
何年か前にも一度やめたそうなのだが
やっぱりまた再開したのだそう。
そこまでして好きなことを仕舞うということは、どんな気持ちなんだろう。
祖父はちゃんと、お仕舞いどきを知っている。
なぜか少し目の奥が熱くなった。

なんとか行き先が決まり、ほっとするふたり。


日々の活動の中で空き家に触れるたび、お仕舞いについて考える。

「しまう」とは
① 今までしていたことを終わらせること。
 「今日はこれで-にしよう」 「店-」
② 続いているものの最後。一番後ろ。
 「 -まで全部読む」 「 -には怒り出す」 「 -風呂」
③ 物がすっかりなくなること。商品が売り切れること。
 「お刺身はもうお-になりました」
④ 決まりをつけること。始末。清算。
 「其の詮議を傍道からさし出て-のつかぬ内には何となさるるな/歌舞伎・毛抜」
⑤ 遊里で、遊女が客に揚げられること。
 「みな一通り盃すみ、此の間に松田屋を-にやる/洒落本・通言総籬」
⑥ 〔「じまい」の形で〕 動詞の未然形に打ち消しの助動詞「ず」の付いた形に付いて、(...しないで)終わってしまったという意を表す。
 「行かず-」 「会わず-」
⑦ (「粉粧」とも書く)化粧。
 「花嫁の美くしう濃こつてりとお-をした顔/塩原多助一代記 円朝」
                      『大辞林 第三版』三省堂

この言葉の語源は、能の「仕舞」にあるらしい。
仕舞は、その一曲のダイジェスト版の舞で、かつては催しの最後に
貴人からの要望に応え、アンコールとして演じていたそう。

仕舞うということは、勇気がいることだ。
「これで、お仕舞いにしよう」というラストダンスは
日本人の潔さなのか、名残を惜しむことが上手いのか
はたまた未練の裏返しなのか。

全ての牛の行き先が決まり、会場が涼しくなった。
また、新しい風が通る。

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